◆重症新生児仮死の影響…?
いまさら、こんなことを言ったってどうしようもないんだけど…
なぜ主治医ははっきりと、「新生児仮死」で、しかも「重症」だと教えてくれなかったんだろう…と考えてしまう。
うちと同じような状況でNICUに入院した場合、他の産院では赤ちゃんの状態をどのように伝えられるんだろう。
今後の子どもの人生がかかっているかもしれない時点で、そこは詳しく説明してくれてもいいのでは?と思う。
病院の対応には、もしかしたら説明の仕方とか、情報の伝え方とか、その時代の影響もあったのかもしれない…
親への配慮だったのかもしれないけど、そういうのは要らない。
重症新生児仮死であった場合、以後の発達に影響する可能性がゼロではないのだから、包み隠さず伝えてほしかった。
それを聞いたところで「障がい」を避けられる訳ではないんだけど、「もしかしたら…」ということを知っていたら、発達の凸凹に気づくことも、受け入れることも早かったかもしれない。
さらに療育を受けるとか、もっと早い段階で息子のために動けたことがあったんじゃないかと思ってしまう。
そもそも息子がNICUに入院した時に、わたしが疑問を抱き、
「どういうことですか?うちの子にいったい何があったんですか??詳しく説明を!!!」と問えていたら良かったんだけど…
今更、そんなこと言ったって時は戻せないわけで(-_-;)
◆発達が凸凹だとは気づけずに…
実際に、息子は発達障害(ASD、ADHD)があって、生きづらさを感じながら生きている。
わたしはそれを側でずっと見てきた。
そしてこれから先もきっと、いろんな壁にぶつかることになるだろう。
きっとその度に、不自由なく健康な身体で産んであげられなかったことを後悔すると思う。
分娩中にわたしがもっと頑張っていたら…
早く発達凸凹に気付いてあげていたら…
療育とか連れていってあげていたら…
もっと違う今があったかもしれない。
息子が発達凸凹であるとは知らなかった頃や、またそれを知ってもなかなか受け入れられずにいた頃の自分の様子を思い返すと…本当にわたしって、どうにかしてたと思う。
周りの子たちと比べてできないことがあったとすると、「周りと同じようにして!」と、息子を無理矢理その枠にムギュ~~っとはめ込もうと必死になっていた。
息子が「できない」ってわかってたとしても、どうにか矯正して押し込もうとする💦
けど、なにかが引っかかって枠にはまることができずに、やっぱりみんなと同じにはなれないのか…と絶望する感じだった💧
子育て本を読みあさってマネしても、なにひとつうまくいかない。
どうしても、周りの子と同じように成長していけない。
結局わたしの育て方が悪いからだって、ひどく落ち込む。
周りの目も怖くなって、お前が悪いって言われているように感じて苦しかった。
あぁ…もうダメだ…
もう、なにもがんばれない…
ここから逃げたい…
やがて、思考が停止して「無」になる。
世界が違って見えてくる。色のない白黒の世界。目に映るものに、なにも感じない。
あげくの果てには、わたしの精神状態は崩壊してしまって、
いわゆる「毒親」といわれるモンスターにどんどん進化していった。
👉次回のブログに続きます。