今日は3月11日。
福島に住む者として特別な日。
15年前はやられました。
家の中はグチャグチャで電気もガスも水道も使えない。夜になると街が真っ暗になる。テレビも映らないから情報がない。携帯もパソコンも使えない。ネットが使えない。だから自分がどんな状況なのか全く分からない。
家はどこも崩壊していた。
正直に言う。こんな大きい地震だもん、10人くらいは亡くなったかも、そのくらいに思っていた。
情報が少しずつ入ってくる頃には、水も食料も尽きていた。夜はめちゃくちゃ寒かった。車の中で過ごしている家族が多かったな。
やがて、詳しくは言えませんが福島原発の第三〇〇の設計をした方から『チェルノブイリを超えるよ』との情報を頂きました。
避難した方がいいよ、そう言われた。
壊滅状態の中家で5日間過ごしたのち、私は富士山の麓に避難した。
富士山しか思い浮かばなかった。富士山にいけば水には困らないだろう、放射能をブロックしてくれるだろう、何故か自分の中で決定していた。
最初に悩んだのが車。私は車を3台持っていてどれで行こうか悩んだ。
燃費のいい軽自動車の一択だった。ガソリンスタンドもやってないわけだし。
でも軽のガソリンがほぼカラだった。
一番ガソリンが入っていたのは一番燃費の悪いキャンピングカーだった。つっても半分くらいしかない。
富士山まで辿り着けるのか、途中で止まってしまったら裸同然。不安というより恐怖。
途中、ガソリンがギリギリの所でガソリンスタンドに出会えた。歓喜した。そしてコンビニがあった。
カゴに最初に入れたのは日本酒。生きていけるなってその時初めて思った。
それ以来、私が一番好きな県は長野県です。
何があるか分からない。
非常袋みたいなのを用意しておくべきです。
3000円持って100均に行けば大抵揃います。それを使って一晩部屋キャンプして下さい。
電気もガスも水道も使わないで。足りないものが分かるから。
私は一人だからどうにでもなった。
家族がいる方は家族ぶんのリュックを用意して下さい。小さなお子さんでも水一本入れておくだけで違う。
家族全員で生き延びて下さい。
15年たった今でも家に帰れず施設で生活している人が沢山います。
午後2時46分、1分だけお時間を下さい。
命を亡くした方への哀悼の意と、真の復興を願って、黙祷を呼びかけさせて頂きます。