お礼がほしかったわけじゃないのに
職場で忙しそうな同僚を見て、仕事を手伝った。
相手が困っていたから、自然と体が動いた。
ところが、仕事が終わっても「ありがとう」の一言がない。
その場では何も言わなかったけれど、帰り道になって腹が立ってくる。
「別に、お礼がほしくて手伝ったわけじゃないんだけど」
そう思いながらも、何となく気持ちが収まらない。
家族のために家事をしたときや、友人の相談に乗ったときにも、似たようなことがあります。
感謝されないことが、思っていた以上に寂しく感じられるのです。
感謝の言葉には、もうひとつの意味がある
「ありがとう」は、単なる礼儀の言葉ではありません。
「あなたがしてくれたことに気づいているよ」という意味を持つこともあります。
人は誰かのために何かをするとき、自分の行為が相手に届いたことを確かめたくなる場合があります。
そのため、感謝の言葉がないと、自分の気遣いや苦労まで見過ごされたように感じることがあるのです。
臨床心理学では、人との関係の中で、自分がどのように受け止められていると感じるかを大切にします。
腹が立つ気持ちの奥に、「ちゃんと見ていてほしかった」という寂しさがあるのかもしれません。
「感謝してほしかった」と思ってもいい
そんなとき、「見返りを求める自分は心が狭い」と責める必要はありません。
親切にしたい気持ちと、感謝してほしい気持ちは、同時にあってもおかしくないからです。
ただし、相手がお礼を言わなかった理由は分かりません。
余裕がなかったのかもしれないし、手伝ってもらったことの大きさに気づいていなかったのかもしれません。
まずは「私は少し寂しかったんだな」と、自分の気持ちを確かめてみてください。
そして、無理をしてまで引き受けていなかったかも振り返ってみる。
いつも自分ばかりが頑張っているなら、手伝う範囲を見直すことも大切です。
本当にほしかったものを、言葉にしてみる
「ありがとうがなかったくらいで」と思うと、誰かに話すのもためらわれます。
でも、「感謝されなくて腹が立った」と、そのまま話してみてもよいでしょう。
話しているうちに、今回の出来事だけでなく、これまで何度も自分の努力を見過ごされてきた寂しさに気づくこともあります。
親しい相手なら、「一言ありがとうって言ってもらえるとうれしい」と伝えてもよいのです。
相手に感謝を強制することと、自分の気持ちを伝えることは違います。
本当に求めていたのは、お礼の言葉そのものより、自分のしたことを分かってもらえる関係だったのかもしれません。