“行きたくなかったのに、誘われないと寂しい”あなたへ。心理学が教える“仲間に入っていたい心”の受け止め方

“行きたくなかったのに、誘われないと寂しい”あなたへ。心理学が教える“仲間に入っていたい心”の受け止め方

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コラム

行くつもりはなかったのに、なぜか寂しい

SNSを開くと、友人たちが楽しそうに食事をしている写真が目に入った。
「昨日、みんなで集まったんだ」と思った瞬間、少し胸が痛くなる。
別に、その日は家でゆっくり過ごしたかった。
誘われても断っていたかもしれない。
それなのに、自分だけ声をかけられなかったことが気になる。
「私がいなくても楽しいんだな」と考えてしまう。
行きたかったわけではないのに、誘われなかったことが寂しい。
そんな矛盾した気持ちになることがあります。

誘われることには、もうひとつの意味がある

人には、誰かとつながっていたい、集団の一員でありたいという気持ちがあります。
心理学では、こうした感覚を「所属感」と呼びます。
誘われることは、単に食事や遊びに参加する機会をもらうことではありません。
「あなたも仲間だよ」と伝えてもらうような意味を持つ場合があります。
だから、実際には参加したくなくても、誘われなかったことに寂しさを感じるのです。
ただし、声をかけられなかった理由は分かりません。
人数の都合かもしれませんし、忙しそうだからと遠慮されたのかもしれません。
一度誘われなかったことが、そのまま自分への評価になるわけではないのです。

「行きたかった」と「誘われたかった」を分けてみる

こんなときは、自分が何を寂しく感じたのかを少し考えてみてください。
本当は一緒に過ごしたかったのか。
それとも、仲間として声をかけてほしかったのか。
似ているようで、このふたつは違います。
もし後者なら、無理に集まりに参加する必要はありません。
親しい相手なら、「今度集まるときは声をかけてね」と伝えることもできます。
大切なのは、寂しさを打ち消すために、行きたくない場所へ無理に出かけることではありません。

寂しさの奥にある気持ちを話してみる

誘われなかったことが気になると、「こんなことで寂しがるなんて子どもっぽい」と思うかもしれません。
でも、誰かとのつながりを確かめたくなることは、不自然なことではありません。
「行くつもりはなかったのに、誘われなくて寂しかった」と誰かに話してみてもよいでしょう。
話しているうちに、気になっていたのは今回の集まりではなく、最近その人たちとの距離を感じていたことだったと気づくかもしれません。
寂しいという気持ちは、自分にとって大切な関係を教えてくれることがあります。
その気持ちを恥ずかしがらずに、少し丁寧に聞いてあげてもよいのだと思います。

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