“人の悩みを聞いたあと、自分まで苦しくなる”あなたへ。心理学が教える“共感しすぎる心”の守り方

“人の悩みを聞いたあと、自分まで苦しくなる”あなたへ。心理学が教える“共感しすぎる心”の守り方

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コラム

話を聞いただけなのに、なぜか疲れてしまう

友人から仕事の悩みを聞いた。
その場では「それは大変だったね」と、いつものように話を聞いていた。
ところが、家に帰ってからも友人のことが気になってしまう。
「あの人、大丈夫かな」「もう少し何か言ってあげればよかったかな」と考える。
自分に起きた出来事ではないのに、まるで自分の問題のように気持ちが重くなる。
ときには、相手がもう元気になっているのに、自分だけが心配し続けていることもあります。
人の話を聞くのが嫌なわけではないのに、聞いたあとに疲れ切ってしまうのです。

共感することと、同じ苦しさを背負うことは違う

心理学には「情動伝染」という言葉があります。
他者の感情に触れることで、自分にも似た感情が生じる現象です。
悲しそうな人を見ると、こちらまで悲しくなることがあります。
もちろん、人の気持ちを感じ取れることは、人間関係において大切なことです。
ただ、共感することと、相手と同じだけ苦しむことは違います。
相手のつらさを理解するために、自分までつらくなり続ける必要はありません。
むしろ、少し距離を取れるからこそ、落ち着いて相手の話を聞ける場合もあるのです。

「これは誰の気持ちだろう」と考えてみる

誰かの話を聞いたあと、気持ちが重くなったら、一度立ち止まってみてください。
「私は今、何を感じているんだろう」
相手がかわいそうで悲しいのか。
何もできなかった自分が情けないのか。
それとも、自分にも似た経験があって、そのときの気持ちを思い出したのか。
こうして考えると、相手の問題と、自分の中で起きていることを少し分けられる場合があります。
話を聞いたあとに散歩をしたり、自分の好きなことをしたりしても構いません。
相手を大切に思うことと、自分の生活に戻ることは、矛盾しないのです。

人の話を聞いて疲れたことも、話していい

人の悩みを聞いて疲れたと言うと、「冷たい人間だと思われるかな」と心配になるかもしれません。
でも、誰かを気遣い続ければ、自分にも疲れが生じることがあります。
そんなときは、「友人の話を聞いてから、ずっと気持ちが重くて」と誰かに話してみてもよいでしょう。
話しているうちに、自分が相手の問題まで何とかしようとしていたことに気づくかもしれません。
人を支えることと、相手の人生を引き受けることは別です。
誰かの話を丁寧に聞いたあとには、自分の心にも少し耳を傾けてあげたいものです。

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