“期待した私が悪かった”で終わらせてしまうあなたへ。心理学が教える“がっかりした心”の受け止め方

“期待した私が悪かった”で終わらせてしまうあなたへ。心理学が教える“がっかりした心”の受け止め方

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コラム

がっかりしたのに、最後は自分を責めてしまう

困っているとき、あの人なら少しくらい助けてくれると思っていた。
誕生日だから、何か言ってくれるかもしれないと思っていた。
つらいと伝えたら、もう少し気にかけてもらえると思っていた。
でも、思っていたような反応は返ってこなかった。
そんなとき、「勝手に期待した私が悪いんだ」と、自分に言い聞かせることがあります。
確かに、相手には相手の事情があります。
それでも、がっかりした気持ちまでなかったことにしなくてよいのです。

期待することは、相手を縛ることではない

臨床心理学では、人との関係の中で相手に何かを求めたり、期待したりすることは自然なことだと考えます。
大切な人には分かってほしい。
困ったときには少し助けてほしい。
自分と同じくらい大切にしてほしい。
そんな気持ちが出てくるのは、その関係を大事にしているからでもあります。
もちろん、期待した通りに相手が動く義務はありません。
でも、だからといって「期待した自分が間違っていた」ということにもならないのです。

「期待しなければ傷つかない」に急がなくていい

がっかりすると、「もう誰にも期待しない」と思いたくなることがあります。
そのほうが確かに傷つきにくいかもしれません。
ただ、何も期待しないようにすると、うれしいことまで受け取りにくくなることがあります。
まずは、「私はこうしてほしかったんだな」と、自分の期待を知るところから始めてみてください。
頼りたかった。
気づいてほしかった。
大切にされたかった。
そう思っていた自分を知るだけでも、がっかりの中身が少し分かりやすくなります。

がっかりした気持ちは、誰かに話してもいい

「こんなことで傷つくなんて子どもっぽい」と思うと、人には話しにくいものです。
でも、「期待していたぶん、ちょっと悲しかった」と言葉にしてみると、自分が何を大切にしていたのかが見えてくることがあります。
相手を悪者にしなくても、自分の寂しさを話すことはできます。
誰が正しいかを決めなくても、「私はこう感じた」と置いてみてよいのです。
期待して傷ついた自分を叱るより、そのくらい誰かを信じたかった気持ちのほうを、少し丁寧に扱ってあげてもよいのだと思います。

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