うまく説明されると、何も言えなくなる
本当は少し嫌だった。
納得できないところもあった。
それなのに、相手から筋道立てて説明されると、自分の気持ちを引っ込めてしまうことがあります。
「相手の言うことのほうが正しいのかもしれない」
「自分が気にしすぎただけなのかな」
そう考えて、その場では「分かりました」と答えてしまう。
けれど、一人になるとモヤモヤが残り、何度も会話を思い返してしまうのです。
気持ちは、正しさだけでは決まらない
臨床心理学では、人の心は論理だけで動くものではないと考えます。
相手の説明に筋が通っていたとしても、あなたが傷ついた事実までなくなるわけではありません。
悪気がなかったことと、つらくなかったことも別です。
「相手は間違っていない」と思うほど、自分の感情を否定したくなることがあります。
でも、気持ちは正しいか間違いかを判定するものではありません。
心に何が起きたのかを知らせる、大切な反応なのです。
納得できない自分を、急いで説得しなくていい
人に合わせることが多かった人ほど、自分の違和感より相手の事情を優先しやすくなります。
相手にも理由がある。
忙しかったのだろう。
自分が我慢すれば済む。
そうして理解しようとする姿勢は、やさしさでもあります。
ただ、相手を理解することと、自分を黙らせることは同じではありません。
「事情は分かるけれど、私は嫌だった」と、二つの気持ちが同時にあってもよいのです。
自分の感覚を、言葉に戻していく
違和感が残ったときは、すぐに結論を出さなくても大丈夫です。
「何が嫌だったのだろう」
「本当はどうしてほしかったのだろう」
そう問いかけながら、短く紙に書いてみてください。
誰かに話しているうちに、初めて自分の気持ちが分かることもあります。
うまく説明できなくても、「何となく納得できない」から始めて構いません。
自分の感覚を尊重することは、相手を否定することではありません。
心の中に置き去りにしてきた自分の声を、もう一度迎えにいくことなのだと思います。