※今回も、実際にご相談いただいた方のお話をもとに、許可を得て内容を再構成しております。
「同じように悩んでいる方の助けになれば」と願うご本人の気持ちを込めて、綴らせていただきます。
「恋なんてもう、卒業したつもりでした」
ほんの数年前までは、そう思っていたんです。
結婚も経験したし、子育ても終えて、仕事だって一段落。
この先は、自分ひとりの時間を充実させていけばそれでいい。
そう自分に言い聞かせることで、寂しさをごまかしていたような気がします。
でもある日、いつものように電車で帰宅中、
ふと、隣の席のカップルが楽しそうに笑い合う姿が目に入りました。
その瞬間、胸の奥に小さな衝動が生まれたんです。
――もう一度だけ、誰かと心を通わせてみたい。
その思いは、ずっと蓋をしていた“感情のかけら”でした。
恥ずかしいとか、今さらとか、年齢とか――
頭で否定しながらも、心が静かに揺れていたのを、私は無視できませんでした。
きっかけは、地元の文化センターで開かれていた朗読講座でした。
声に出して言葉を読むだけの、地味な教室。
でも、そこにはいろんな人生を歩んできた人たちが集まっていて、思った以上に居心地がよかった。
その中に、ひとりだけ気になる男性がいたんです。
言葉数は少ないけれど、聴き手にまっすぐ向き合うような話し方をする人でした。
最初は特別な感情なんてなかったのに、彼が読む一節に思わず涙が出そうになったことがありました。
講座のあと、彼が小さなノートを私に見せながらこう言いました。
「この文章、自分で書いたんです。朗読の課題にしようか迷ってて。ちょっと聞いてもらえませんか?」
それは、定年後に一人で旅したときの出来事を綴ったものでした。
淡々とした語り口なのに、なぜか胸に残る言葉があって、私はしばらく黙ってしまいました。
「…これ、本にしてほしいくらいです」
私がそう言うと、彼は照れたように笑って「じゃあ、また感想聞かせてください」と言いました。
その日から、私のもとに数日に一度、小さな“自作の物語”がLINEで届くようになったのです。
「これ、次の作品です。読んでもらえたら嬉しいです」
「今日はこんな情景を思い出したので、書いてみました」
私はそのたびに返事を書きながら、自分でも気づかないうちに心をほどいていきました。
彼と会う機会が増えたわけではありません。
でも、文字を通じて交わすやりとりの中に、私たちは確かなつながりを感じていました。
ある日、「今度、実際にこの場所に行ってみませんか?」と彼からメッセージが届きました。
彼が物語に書いていた、山あいの小さな駅。
私は、迷わず「行ってみたい」と返信していました。
今も彼とは、週に何度か、物語をやりとりしています。
たまに、静かな場所で待ち合わせて、一緒に文章を声に出して読んだりもします。
恋と言うにはまだ曖昧で、恋と呼ぶには少し大人すぎる。
でも私にとってこれは、かつて感じたことのない“信頼とぬくもりのある時間”です。
もしあなたが今、似たような気持ちを抱えているのなら――
その小さな“もう一度”の願いを、どうか否定しないでください。
誰かを想う気持ちは、何歳からでも、美しく始めることができます。