ようやく3月らしい、春を感じさせる陽気がチラホラ。
静かに過ごしていた心が、日中の木漏れ日の変化をいち早く感じ取り、ジワジワと喜びで起き出すような。そんな感覚を覚える今日この頃です。
3月と言えば「卒業」。出会いと別れの季節ですね。
ご卒業を控えた皆様、ご家族の皆様、本当におめでとうございます。
我が家はと言えば、転勤のある夫も今年はそのまま、小学生の娘たちも変わらず進級を控えています。
この一年間、家族それぞれにエピソードがあり、
そこから得た喜びもあれば、心の傷もある。
でもその経験は、かけがえのない自分が必死に生きてきた軌跡。
「経験値」という名の、大切な大切な財産だと私は捉えています。
(これが、私が日記を書き続ける理由の一つです。もう6年かとしみじみ)
今回は記憶が鮮やかなうちに、3回に分けて
私の心が見事に張り裂けた時のお話をさせて頂こうと思います。
「ママ? 私、4年生になってからずっと一人なんだ」
現在は修了式を来週に控え、5年生最後の日々をクラスメイトと楽しんでいる長女。
それは1年半ほど前、彼女が4年生だった時の夏休み明けの話。
帰宅後のおやつタイム。
いつものカウンターに座る娘と、夕食の準備をしながら今日あったことを話す、何気ない親子時間であり私が大切にしている時間の一つです。
そこでポロっと、長女が一言。
「ママ? 〇〇(娘の名前)、4年生になってからずっと一人でいるんだよね」
私は絶句。
(え…4月からってもう何ヶ月?そんな素振り全然見せなかったじゃん、学校の話もしてたし普段通りだったよ?待って待って、最近時々気持ち悪くて朝食を取れない日があったりした原因はこれ?)
元気いっぱいにお友達と走り回るのが大好きな娘。
私や夫にも、その日の出来事を日課のように話してくれる娘。
どんな気持ちでこの数ヶ月を過ごしていたんだろう。
私の脳みそは、瞬時に最高回転速度に到達。
過去に読んだアドラー心理学、ブッダの教え、教育系YouTube、尊敬する幼稚園の先生の言葉……それらが走馬灯のように駆け巡りました。
その間、わずか1秒。
「えー、そうなん!? 〇〇、大人女子みたいでカッコいいやん😆」
一人でいることに、ネガティブな印象を植え付けることだけは断じて許されない。
これが、私の「1秒会議」の結論でした。
頭の中は未だ混乱を極めるものの、娘に動揺を悟られるわけにはいかない。
落ち着け私、息を吸って。いつものトーンで。
「今は一人でいたいの? 〇〇はワイワイ大人数でお外遊びをしてるイメージだったから、珍しいなと思って」
「ううん、4年生になって、前みたいに楽しいって思える友達がいないの。だから休み時間は一人でお絵描きしたり、廊下に立ってみんなが何してるか見てる」
(え、何それ怖い…)おい。
目に入れても痛くない愛娘が、所在無げに一人廊下でみんなを眺めている姿。
想像しただけで、心臓が雑巾のようにギューっと絞り上げられる。
本人が望んで一人でいるならいい。でも、友達を欲していながらそれが叶わず一人で耐えている状況は、あまりに切なすぎる。
「それってあなたの感想ですよね?」ひろゆきさん、その通りです。
私の「かわいそう」を押し付けてはいけない。
実は私自身、小学生の頃は自分に自信が持てず、一人ぼっちにならないよう必死に周りに合わせていたタイプでした。だからこそ、自分の経験をベースにしたネガティブが暴走しそうになる。
なんだか少し心地悪そうに、様子を伺うように、上目遣いで自信なげに私の返事を待っている娘を見て、
【娘の全てを全力で包み込むモード】が発動。
「そっかそっか。今まで良い友達に恵まれてたんだね。そんなお友達と新らしく出会うチャンスを、〇〇は毎日もらってるんだね。待ち遠しいね!」
「で、〇〇は今どんな気持ち? これからどうしていきたい?」
「……前みたいに、お友達と楽しく過ごしたい」
私は6000ダメージを見事に喰らい
胸がただ苦しい…
(悟られてはいけない。笑顔だ。穏やかに。)
「そっかぁ…この数ヶ月、少し心細かったね。明日もお絵描きとか、自分が楽しいと思うことをしながら、『この子と仲良くなりたいな』って思える子探し、続けてみる? ママ、明日のお話も楽しみにしてるね」
「〇〇? ママにお話してくれてありがとう。ママ、話してくれてすごく嬉しかった🥰」
娘は少しスッキリした表情で、彼女の楽しみの一つ(宿題より先に)一時間のYouTubeタイムをしにソファーへ。
でも私はというと、この5ヶ月間、娘はどんな気持ちで「行ってきます」と家を出ていたんだろう、と答えの出ない妄想と今更どうしようもない過去に想いをめぐらせ、その無意味さに気付き、
「ママ、ちょっとお仕事の電話してくるね☺️」
即刻担任へ電話をする。
戻ってきた笑顔、次第に怪しくなる雲行き
担任の先生は既に3人のお子様を大学まで育て上げたパパ経験者でもある。
恰幅の良さから既に心強い、という偏見。
本人からこういう話があった、学校での様子を知りたい旨を伝えると快く応じてくださる。先生自身も気になっていたそうで早速、週末の席替えで娘が楽しめそうなお友達で周りを固めてみましょうとの事。
「ママ聞いてー!!今日ね!学校で〇〇ちゃんがね!〇〇の絵を褒めてくれたの、上手だねって!!それとね!あのね!!」
具体的なクラスメイトとのやりとりを楽しそうに、目をキラキラ輝かせながら話してくれる、賑やかで明るいおやつタイムが戻り安堵。
帰宅後や週末もタイミングが合えばお友達と過ごしたり、
担任の先生にもお礼を伝え数ヶ月が経った秋の終わり。
一人だった娘を「救ってくれた」はずの何名かのお友達について、娘がネガティブな話を頻繁にするように。
「あの子のここが嫌だ」「あの子はぶりっ子だ」「他のお友達といるのに一緒に入ってくるんだよ」等。
ほう。こうして明るい日々に戻るきっかけをくれた子達を、貴女を受け入れてくれた子達をそういう風に言うのかい、君は。
私「ねえ、〇〇。
気付いてる?〇〇、人のネガティブな事、最近よく言ってるよ?」
長女はハッとした表情。
「今いるグループのみんなと他のクラスメイトの話をそうやってしてるの?」
蓋を開けてみると、長女が日々楽しそうに過ごす新しいグループは、中々言葉では言い表せないような一筋縄では行かない個性爆発メンバーで構成された7人(長女を入れて)グループでした。
そして冬休みが明け4年生の3学期。
「ママ…、……学校行きたくない…」
気持ち悪さで朝食は取れず、緊張しているのか何なのか肩で息をしている感じ。絞り出すように長女が伝えてきた言葉。
行き渋りは幼稚園の頃から時々ありましたが、今までとは明らかに違う様子。
結論、ひどいイジメや不登校に発展した訳ではありません。
それでも本格的にここから私の胸が(娘の胸も)張り裂ける出来事が始まるのですが、この続きを次回お届けしようと思っております。
この長文をここまでお読み頂き、本当にありがとうございました。