ライターのまる きょうこです。
今回から、「Webライティングで見つける自分らしい働き方」と題して、自分のライターとしての道のりを振り返ってみます。
これからWebライターになりたい方、自分らしい働き方を見つけたい方の参考になるようなことも書いていきますので、ご参考にしていただけたら嬉しいです。
Webライターになる前にやってきた仕事
まずは、私がWebライターになる前にやってきた仕事について書きます。
私はかなり転職回数が多く、そのうえ就いた職業も多岐に渡ります。
就職氷河期に音大を卒業してしまったというのが、転職回数が多くなった理由の一つです。仕事の選択肢がほとんどないなか、ブライダル奏者や音楽療法士といった音楽の仕事を細々と続け、同時に食べていくための仕事をとっかえひっかえやってきました。
ハローワーク職員・美容部員・アロマセラピスト・図書館員・営業事務・介護職員などなど。
本来の仕事であるはずの音楽については、週末など働ける日数が限られていたため、食べていくための仕事が生活のメインとなる日々。常に「このままでいいのだろうか」という気持ちでした。
心から打ち込める仕事を求めた最後の職場
そんな私が、これが最後と決めて転職したのが看護職でした。
40代にさしかかるときに看護学校へ通い、准看護師になりました。
なぜ看護職を選んだかというと、命に関わるような重要な仕事なら、心から打ち込めるのではないかと思ったから。そして、勤務先に福祉施設を選べば、看護師をしながら音楽療法の仕事ができたからです。
当時の私にとってはこれがベストな選択であり、病院での修行期間を経て施設へ職場を変えたときには、働きぶりを認めていただき出世もしました。
一つの施設を任せられる立場となり、そんな自分にどこかでうっすら疑問を感じながらも、このまま定年まで働くつもりでした。
適応障害で退職へ
ところが、施設長になった途端、それまで良好な関係を築いてきた上層部の女性との関係が悪化してしまいました。
執拗な嫌がらせを受けながらもなんとか耐えていたのですが、心より先に体を壊してしまい、適応障害と診断されて休職、その後退職することに。
こう書くと嫌がらせをしてきた人が悪いようですが、会社で働く自分について「これが本当に私の人生だろうか?」という気持ちがずっとあったのですよね。
今振り返ってみると、この上司が私を職場から追い出してくれたことは、よかったのだと思います。
自分でできる仕事を求めてWebライターへ
看護職を最後の仕事と決めていたので、もう一度転職する気持ちにはなれませんでした。
何の保証もないけれど、自分でできることを探し始めたなかで、もっとも堅実に稼げると感じた仕事がWebライターでした。
Webライターを始めたきっかけについては、次回もう少し詳しく書きたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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