自分の存在を自分自身で感じたい時に、相手に感情をぶつける人。
その感情を「拾ってくれる相手」
もしくは、自分に「向かってくる相手」
やっとそこで「自分自身を感じる事が出来る」
そんな人は、問題をいつも起こすだろう。
問題が起こらなければ「生きている心地がしない」からだ。
反応が無ければ生きた心地がしないから
しかもそれは、無意識のうちにしている事だと言う事がとても問題。
人は幸せになるために生きて、幸せになるために未来に進むことを選択できる。
しかし、
感情をぶつけて「自分自身」を感じる人は、それを望まないし、それが出来ない。
激しく喧嘩し
激しく抵抗し
嫌なことを言ってくる人
嫌なことをしてくる人
それを感じれば感じるほど無意識の中で「愛おしい」ぐらいに「生きている、自分が相手の中に存在する」と認識している。
何もない所に「問題を作り」叱責し、喧嘩をし、その人は生きた心地を味わい
「自分はなんてひどい扱いを受けているのだろうか」なんて言ってまた喧嘩を吹っ掛ける。
何故なら、それらは「生きている!心地がする!」事であるから。
反応されない事が一番苦しいから、自分を感じるためにも「問題を作り出し喧嘩を吹っ掛ける」
そんなことを手を変え品を変え
自分の価値観をぶつけて怒る人。
コミュニケーションではなくて「絡む人」
絡まなければ関係が感じられない人
自身の爪を猫の様に出し
相手に絡み、相手が血が出て「痛い!いやだ!」と相手が怒りや痛みを感じ
あなたに対応した時に
*あ、相手は痛いんだ、私は存在して相手に痛みを与えたのか・・・自分が存在している事に体が震える・・・喜びを感じる*
それは無意識の中で、または心の底で自分では気がついていない事がとても厄介な事だろう。
絡まなければ関係が保てない人
本当に寂しい人は「自分は幸せだ」と言い
本当の気持ちから逃げ回る。
自分が無い人は
周りを傷つけながら、いがみあったり問題を抱え悩み
その痛みで自分が存在していることを感じられる。
あの人たちは、本当は透明すぎて自分が無さすぎて刺激がないと存在できない。
だから「今日の献立は何かが足りない」と言い
ワサビかからしが必要だと言って、愚痴を言ったり人と揉めたり、はたまた誰かを責めたりして、自分の存在を毎日確認するだろう。
人生のスパイスぐらいに思っている行動だ。
自分が無い人は、他人の反応で自分を確認することしかできない
絡まなければ関係が保てない人。
絡まれたらすぐ逃げる事をお勧めする。
最終的には「怒りやおどし」であなたを動かそうとするから。