理想と現実

理想と現実

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ども、ずーですv。悩み相談のカウンセリングをしてます。

相談者の皆様いつもありがとうございます。

私の相談者様は皆様一生懸命で何かしたい、誰かのために尽くしたい、でも何もできてないと思い込んでる方が多いです。(実際はそんなことないと思いますが)

とくべつ病気ではないけど本当に体が動かない、ずっと気分が晴れないという方もいらっしゃいますがその方の年齢や精神的にもそういう時期なのかも(更年期とか軽い鬱とか)とも思います。
当てはまる方は専門家(医師)に相談してみてくださいね。

相談者との話を終え、次のステップとして私がお聞きするのは「あなたはどうなりたいのですか?なにをすればご機嫌でいられますか?」ということなんですが意外とこの質問も相手を追い込んでしまいかねない質問だと感じることがよくあります。
皆さん「理想の自分」をお話くださいます。

どこかのSNSや動画やテレビで見るような「整った暮らし」「見栄えの良い生活」「素敵なお部屋で、優雅にでも無駄なく私らしく」

いやいや待て待て無理無理。
これって「他人から見られてる」前提じゃありませんか?
特に主婦や母は身近な他人(家族。家族は他人じゃないでしょ?って話は行ったん置いといて)にも良い妻、良い嫁、良い母でありたいと思いがちです。
もちろん理想に近づこうと努力する姿は美しいのですが、それを当たり前ととらえて誰からも認められず褒められず応援もされないのはつらいですよね。
とかくその努力を当たり前と思われてしまうのが、妻嫁母です。

しんどいよなー。
「こうなりたい」と語る理想の姿が、実は「誰かに認められるための自分」や「世間の正解に合わせた自分」になっているとき、私たちは知らず知らずのうちに「理想と現実」のギャップに苦しむことになります。

「変わりたい」「もっと素敵な自分になりたい」と思うのは自然なことです。でも、その理想が高すぎたり、他人の目を基準にしたものだったりすると、一歩を踏み出すことさえ怖くなってしまいますよね。

なぜなら、人間には「コンフォートゾーン(快適で慣れ親しんだ状態)」があるからです。

今の状態がどんなに苦しくても、体や心は「いつも通り」が一番安全だと知っています。
だから、心身のエネルギーが切れているときに「SNSで見るような完璧な暮らし」という遠すぎる理想を目指そうとすると、コンフォートゾーンから急激に引き離されるストレスを感じて、脳がブレーキをかけてしまうのです。

「本当に体が動かない」「ずっと気分が晴れない」という時期があるのも、実はあなたの怠けではなく、心がこれ以上の無理を止めようとしてくれている防衛反応(コンフォートゾーンを維持しようとする力)なのかもしれません。

さらに、そこに「このままで私は大丈夫なのだろうか」という「未来の不安」が重なると、頭の中はいっぱいいっぱいになってしまいます。

では、他人の目を意識した「理想」に振り回されず、未来の不安に押しつぶされないために、本当に必要なステップは何なのでしょうか。

それが、「自己受容(じこじゅよう)」です。

自己受容とは、「今のダメな自分を好きになる」ということではありません。

「あぁ、今の私は本当に疲れているんだな」

「あんな風に素敵に見える暮らしに憧れちゃうくらい、誰かに認められたかったんだな」

「今は体が動かないくらい、これまで一生懸命がんばってきたんだな」

と、自分の現在地を「ただ、そのまま認める」ということです。

良い妻、良い嫁、良い母であろうとがんばってきたあなた。

まずは、誰かに褒められるためではない、あなた自身の「今の等身大の姿」をそっと抱きしめてあげませんか?

理想の自分を追いかけるのは、心が十分にエネルギーで満たされてからで大丈夫。

まずは、今のご自身に「よくやってるよ」と言ってあげることから、一緒に始めていきましょう。

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