私には、二人子どもがいます。
ハンドメイドが得意だった私の夢は
娘ができたら手づくりの服や小物を着せて
楽しむことでした。
残念ながら夢は叶いませんでしたが、
息子の存在は頼もしく
いつも頃からか
私は重たい荷物を持たなくて済むようになりました(笑)
上の子の子育ては、
はじめてなので育児書を見ながら
真剣に緊張感をもって臨んだ感じでしたが
大体のことはすんなりと
集団生活に入っても特に問題なく過ごしていました。
なんとなく
上の子がそうなら下の子は
右へ習えでそうなっていくだろうと思っていたら…
赤ちゃんの頃からまるで違っていたんです。
私以外の人に全くなつかない。
夫が帰宅してベビーベッドを覗くだけで大泣きです。
人見知りのほかにも場所見知りや
食べ物や身に着けるものにも強いこだわりがあって
「え?」と思うような日常の小さなことに
つまずいて時間がかかってしまう…
そのころの私の毒親である母の口ぐせは
「なんかこの子はおかしいわ。
1度脳波を調べてもらった方がいい。」
対する義理の母は
「なにがおかしいの?
これは個性でしょ、おかしいことなんてないわよ。」
こうなると私の頭は混乱し
自分の育て方に問題があったのかと
自分を責めるようになって苦しくなります。
(アダルトチルドレンの典型)
結局この子が成人して家を出るまで
悩みは続いたんですが、
私自身が毒親の問題を抱えていたことと
HSPの気質を持っていたこと、
そしてこの息子もまたHSPであったことに
気が付いてから
親子の距離感や関係性が理解出来て
ウマく親離れ子離れが進んでいったのです。
育てにくさがHSP(子ども場合はHSC)に
あったことに
もっと早く気がついていれば…
あんなに苦労することもなかったのになと
思います。
けれど私が子育てしていた時代は
毒親という言葉も
発達障がいやHSPなどの言葉も概念も
今ほど広く知られていませんでした。
スマホもインターネットすら
まだ普及していなかった頃ですから😥😥
こう書くと、まるで江戸時代の昔のような
気がしますが
平成の初めころです。
私にとっては宇宙人のように見えた息子が
まさか自分と同じ気質を持っていたとは
夢にも思わなかったです。
いまでは、少し気の弱い言葉をLINEで書くと
心配して励ましてくれる
存在になりました。
職場の人間関係で疲弊してしまうことも
あるようですが、
深刻になり過ぎず
他人と比べず自分の人生を
大切に生きてほしいと願っています。
今ではこんな風に思えるようになりましたが
親として見守り育てることが
難しくて辛く投げ出したくなることも
ありましたし
出口のない未来に悲観して
死を選ぼうとしたことも1度だけあります。
もし今お子さんの繊細さに悩んでいて
どう対応したらいいのか分からなかったり
外の子と違うことが心の重荷になって苦しかったり
なんでかな~って不思議に思うことがあったら
電話してみてほしいです。
不登校の児童生徒に寄り添ったり
ソーシャルワーカーとして
ご家族の悩みに寄り添った経験から
お話を聞いて受け止めることができます。
繊細さが原因で集団生活になじめない場合は
その要因を受け止めてあげることで
改善することもありますし、
繊細さが表に現れていることで
問題の本質が別にあることもあります。
毎日接しているお母さんのが
心の中をすっきりさせることが
何よりも大切です。
あなたが悪いんじゃないし
子どもが悪いんじゃない。
お電話をお待ちしています。