(再掲)私が適応障害になった経緯

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 適応障害になった経緯

 こんにちは。こんばんは。おはようございます。適応障害になり無職になった望月現です。

 私が社会人になってから適応障害と診断されるまでの経過を書いていきたいと思います。

 今思うと、入社してからずっと心身ともに緊張する日々が続いていたように思います。気が休まる日がなく、ずっと仕事のことを考えていましたし、仕事に活かせるように自己啓発本などを読んで、根詰めて生きていました。

 最終的には、私は、メンタルが崩壊し、無断欠勤してそのまま仕事を辞めることになるのですが、具体的な内容は、以下で詳しく書きたいと思います。

※以下は、ややプライバシーに関わることやショッキングな内容が含まれるため、申し訳ないですが、有料記事とさせてください。(現在は無料です。)


・生い立ち
 私は現状、いわゆる高学歴ニートと言ってもよいと思います。

 地元では一番頭の良い高校を出て、早慶ないし旧帝レベルの大学を出て、人に職業名を言ったら驚かれるような仕事に就きました。中学時代に夢見た仕事に就けたのです。

 良い意味でも悪い意味でも「レール」に乗った人生を歩んでいたと思います。

・社会人生活
①仕事量の多さ・休めなかった
 最初は任される仕事も少なかったので、自分の力だけで回すことができていました。

 しかし、次第に任される仕事の量が多くなっていき、仕事をする時間が増えていきました。

 入社して3か月経ったころには、家に帰る時間が1時、2時を回るようになっていました。(私がいた業界も仕事の量は多い部類ですが、私の仕事量は同期と比べても異常に多かったようです。)

 最初のうちはそのくらい働いても体力でカバーできていました。が、次第に体力も続かなくなっていきました。しかし、仕事の量はそれでも増え続けます。次第に土日も出勤せざるを得なくなっていました。(入社してから3か月経った後、退職するまで、終日休んだ日は3日しかありませんでした。)

②人間関係
 そのうち、仕事上のミスが目立つようになっていきます。それに伴い、上司から怒鳴られることも増えていきました。

 上司は怒るとヒートアップする性格のようで、何十分も怒鳴られ、人格否定のような言葉もぶつけられました。クライアントの前で叱られて、クライアントの方に心配されるなんて出来事もありました。

 辞める直前のころは毎日大声で怒鳴られ、人格を否定され、精神はボロボロでした。

 具体的には、「何もできない」「何やっても無駄」「無能」「ゴミを作り出しただけ」「甘えん坊ちゃん」「周りのこと気にしない」「何も考えてない」「困った顔すればいいと思ってる」「何も学んでこなかった」「電気代の無駄」「動きが遅い」倒れなかったら甘えてるだけ」「俺の方が忙しい」「コンビニバイト以下」「向いてないとか以前に社会人として終わってる」「質問に答えろ」「何回言っても理解しない」「どこ行っても通用しない」「こんな子供に育てる親も悪い」などの様々な暴言を吐かれました。


 特に「コンビニバイト以下」と言われたことは私の心の中に楔となって刺さり続けていて、今はまさにコンビニバイト以下の仕事をしていて、これ以上の難しい仕事、責任の重い仕事は無理だと思うようになってしまっています。

 (自分が悪いと思い、自己啓発本や発達障害に関する本を読んで働き方の参考にしようとしていましたが、今思うとむなしい気持ちになりますね。)

 もちろん仕事がうまくいかないことについて上司に相談もしました。しかしそれが逆効果だったようで、「仕事をなめている、甘えている」認定をされ、逆に仕事量を増やされてしまいました。

③体調の変化
 今思うと、ずっと疲れが溜まっていた状態だったと思います。

 働いている間は食欲はありました。が、義務で食べているような感覚だったと思います。退職してから一気に食欲がなくなりました。スティックシュガーを食べて生き延びていました。

 働いている間は風呂も入っていました。これも義務で入っているような感覚でした。しゃがむと立ち上がれなくなることが何度もありました。退職してから一気に入らなくなりました。

 睡眠はよくわかりません。毎日2時~4時頃に帰って7時頃に出勤するような生活をしていたので、6,7時間寝られる時間がそもそも少なかったからです。(睡眠については今も治っていません。いつも2,3時間寝ると中途覚醒してしまいます。少し前は入眠できなかったり、一度起きたら寝付けなかったりしていましたが、今はそれが少なくなってきているので回復はしていますが。)

 その時の気持ちですが、仕事中は仕事のことを考えていましたが、仕事場を離れると、車を見れば轢かれないかな、ビルを見るとあそこから飛び降りたら死ねるかな、などと考えていました。

④糸が切れた瞬間
 糸が切れるというかガラスが割れるというかそんな感覚になったタイミングがありました。

 次の日会社を無断欠勤して精神科に行き、適応障害と診断されて会社を休みました。それ以来会社に顔を出していません。

 辞めると決まった日は、上司に3回目の仕事の相談をしたときでした。その時はもう精神が完全に疲弊しており、「この仕事を辞めたい」とも口にしていました。

 そんな話をしたところ、上司の逆鱗に触れてしまったようで、上司二人から3時間近く怒鳴られ続けました。最終的には、顔も見たくないから帰れと言われ、帰宅しました。家で翌日の朝までずっと泣いていたような気がします。

 深夜、話を聞いてもらっていた友人が私の異変を察知してくれて、同じような経験のある先輩に繋いでくれました。明日は職場に行くな。精神科に行って診断書をもらえと言ってくれました。朝になるまでひたすら泣いていたと思います。

※以上が私の適応障害になるまでの経緯です。


 まだ書き切れていないことは色々ありますが、ざっくり言うとこんな感じです。

 適応障害と診断された後のことはまた後日書きます。

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