「世間では叶わぬ恋と呼ばれても──魂には魂の約束がございます」
【気づきのお願い】
たしかに、
あの方は、親ほどに年が離れているのです。
だからと言って、この想いが偽物でしょうか。
この心の震えが、一時の迷いなのでしょうか。
あなたが心の奥で感じているのは──
ただの恋ではなく、魂が呼び覚まされたような、
理由のない確信ではありませんか。
「もう少し早く出会えていたら」「あと10年若ければ」
そんなことを何度も思いながら、それでも惹かれてしまう。
避けようとしても、離れようとしても、心はまた、あの人へ向かってしまう。
それは、世間の常識や肩書では測れぬ御縁が
おふたりの間に存在しているからにほかなりません。
慈雲は、
恋を「成就するか、しないか」で測ることはいたしません。
むしろこう申し上げます。
「なぜ、この時代、このかたちで、おふたりは出会ったのか」
それこそが、魂の学びであり、
この恋があなた様にもたらした“目覚め”そのものが、
すでに尊き奇跡であるのです。
年齢差や立場は、ときに
「叶わぬ恋」と周囲に言わせるかもしれません。
けれど──魂と魂が交わるご縁には、世間の常識は入り込めません。
あの人を想うことで、あなたは何を知り、何を変えたでしょうか。
どれだけご自身の心と向き合い、
どれだけ「愛することの苦しさと、美しさ」を知ったでしょうか。
そのすべてが、ただの恋ではない証です。
だからこそ、叶えるか、諦めるかではなく──
「どう祈り、どう愛し抜くか」が問われるご縁でございます。
もしあなたが、この想いを罪でも恥でもなく、
魂の叫びとして向き合いたいと願うなら──
どうか、自分自身を責めないでください。
あなたの中にある祈りは、
まだこの世にかたちとして現れていないだけで、
決して、否定されるべきものではありません。
その想いを静かに整え、
御縁を照らす光へと昇華させていく道も、
たしかに、存在しております。
叶わぬ恋の中にこそ、人は本当の魂の愛に出会うもの。
どうか、その痛みさえも美しき祈りとなりますように──
合掌
慈雲