神戸尊の事件簿×ココナラブログ 埼玉県/東京都 境界シリーズ:4

神戸尊の事件簿×ココナラブログ 埼玉県/東京都 境界シリーズ:4

記事
小説
※注意
今回の舞台は日が暮れた後なのですが、ストリートビューの写真に夜の風景はないため、写真から夜の風景を想像しながら読んでください。

今回は特にサザエさん時間を使わないでも構わない話なので、普通に2014年11月下旬が舞台です。
そのため風景はほとんど変わりませんが、登場するコンビニは2018年には閉店しております。該当の場所には現在は存在しませんので、ドライブの参考にする際はご注意ください。

▽      ▽

境界のとっておき

▽

晩秋の東京は昼夜の気温が一気に下がり、窓から見える皇居の森も美しく彩られている。
その頃になると日が暮れる時間もめっきり早くなり、冬が近いことが身に染みてくる。

警視庁の3階の端にある特命係の部屋は、北側にその窓が向いているので、この時期になると特に暗くなる時間が早い。
今は窓にはオーディオセットのスピーカーのみが置かれ、かつての主がいた頃のように物でみっちりと塞いで、常にブラインドを下げてはいないので、かなり明るくはなっているが。
しかしそれだけ日に照らされた皇居の森の紅葉が映えるというものだ。

思えば北側とはいえ紫外線は入ってくるので、それに直接当たるガラス窓に本を置けば焼けてしまうわけであり、そのためあの本の役目は皇居の森を見えなくさせるための目隠しであった。と考えるほかない。
そのかつての主が嫌ったこの風景は、いまや部屋の借景となっており、特に紅葉の時期はずっと見ていても見飽きないが、街灯もライトアップもない森は暗くなってしまっては漆黒の闇であり、見回りの車両のライトのみが森を巡っている。
もうずいぶん見慣れた光景であるが、真っ暗な中に一つ動く光が見えるというのは、なんだか不思議な感覚が胸の中にわいてくる。

今日は隣の組織犯罪対策第五課の面々も出払っている。どうやら大きな捕り物があるらしい。
そんな日は尊と大河内しか知らない魔法がかかるのだ。

「おい。神戸」

そうしてテレビの置かれたスチール棚の二段目に置かれた、ピンク色のウサギのぬいぐるみが動きだす。
それは、本来11階の執務室にいるはずの人物の声である。

数年前クリスマスシーズンなのに半額になっていた、足から耳の先まで50センチメートルあるぬいぐるみ。中にカーボンファイバーのジョイントが入っていて自由自在に動かせ、おまけに赤ん坊の頃からの友人で、首席監察官の大河内春樹に何故かそっくりである。
尊にとっては首席監察官の前に、近所の春樹お兄ちゃんである大河内にそっくりとなれば、スーツもネクタイもチーフも靴も眼鏡も揃えたくなり、買って着せたところ、本当に大河内の魂が宿ってしまったのである。

「あ!なんですか?大河内さん」

今日はもう何もなさそうなので、帰り支度をしていた尊は動き出した“うさこうち”を目にし、そのそばまで近づいて顔をのぞき込む。
そもそも声帯のないぬいぐるみが、どうやってあの低音ボイスを出しているのかも不明だし、口が開いても詰め物が見えないのも謎である。
しかも大河内が大好物のラムネもしっかり食べるが、飲食したものがどこに消えるのかも分からない。
そんな謎の物体であるうさこうちを、尊はいつも通り「大河内さん」と呼び、歩幅が狭いのでいつも抱っこして移動している。
生身の大河内は仕事中でも、こうしていつも見守ってくれているのだ。

「どうせ帰るなら、久しぶりに俺を車で連れて行ってくれないか?」

そうして今日はなんとお出かけのお誘いである。これはぬいぐるみではエア旅行が出来ないから、尊に頼むことでリアルエア旅行が出来るという事なのだろう。
そして生霊のせいか、うさこうちはいつも通常の大河内よりも言動はストレートだ。
おまけに一人称も「私」ではなく「俺」である。

「どうしたんですか?今時分おでかけのお誘いなんて。何かおすすめの場所でもあるんですか?」

そうして尊は棚からうさこうちを抱き上げ胸に抱くと、うさこうちは小さな体を反らせて「えっへん」のポーズをとる。
これも生身の大河内では絶対に見られないポーズである。
おそらく本人も心の中ではいつも「えっへん」というポーズをしているのだろう。

「もちろんだ。ちょうど紅葉も見頃になってきて時期も良い。俺のスーツの中にカイロを入れて行こうではないか」

それはとても良いアイデアである。
紅葉は最低気温が7度以下になると綺麗にそまるらしいので、夜になり冷え込む時は、うさこうちのスーツにカイロを入れて抱いていると温かいので便利なのだ。

「わー。嬉しい!行きましょう。ってことは何処かは秘密なんですよね?」

「そうだぞ。普段からエア旅行が趣味などと言われているからな」

生身の大河内は筋トレマニアなので、どこかに出かけるよりも鍛えていることが楽しいらしく、そのため出不精で旅行ガイドでエア旅行をするのが趣味なのだが。
しかし首席監察官という身分である以上仕事は外出が多く、そのためにこれ以上体を移動させるのが面倒らしいのである。
しかし、ということは尊も知らないような近場の穴場スポットを知っているという事にもなる。

尊はきらきらと目を輝かせると、さっそくカバンに入ってる使い捨てカイロの封を切り、揉んでじんわりと熱が帯びてきたそれを特注であつらえたうさこうちのスーツの背中側に、そっと滑り込ませる。
毎度ながら、この小さな体にカイロは熱いと思うのだが、ここは魔法生物なので深く考えない事にする。

「よし、それでは大河内さん!行きましょうか」

「うむ、温かいな。これで神戸が風邪をひくことは無かろう。よし、まずは地下駐車場へ降りるぞ。俺の短い足では歩幅が足りないからな、このまま抱っこのままで頼む」

「んもう。風邪をひかなくなるなんて大袈裟なんだから。はいはい、お安い御用ですよ」

そうして尊は小さな相棒をしっかりと胸に抱きとめ、誰もいない特命係の部屋を後にする。
クソ真面目な神戸は、いつもエレベーターではなく階段を使用している。
足腰の強さは刑事には必須だ。

地下駐車場に鎮座する漆黒の愛車GT-R。 
助手席のバケットシートにうさこうちを恭しく座らせ、座面用のシートベルトを慎重に掛けて固定すると、重厚なV6ツインターボエンジンを始動させる。 低く太いエンジンの音がコンクリートの壁に反響し、夜のドライブの幕開けを告げた。

▽

「神戸、まずは霞が関ランプから都心環状に入るぞ。外回りで竹橋から池袋方面を目指すんだ」

「了解です」

警視庁を出て、霞が関入口へ向かう。料金所を抜けると、尊は本線を流れる車の間隔を確かめ、GT-Rを滑らかに首都高C1外回りに合流させた。
 緩やかなカーブを抜けて三宅坂JCTの分岐を視界の端にやり過ごす。トンネルを抜けると次はお濠の高さで高速道路は進む。
ここは外から見ても高速道路が顔を出してお濠の水面すれすれで曲がっていく面白い場所だが、皇居の下にトンネルを掘るわけにはいかないので、皇居を避けるように通したところ、このような面白いスポットが出来たわけだ。
首都高千鳥ヶ淵.JPG
首都高千鳥ヶ淵-2.JPG
「ここって特別感ありますよね。下道では入れない場所だし」

「うむ・・・。しかし残念ながら今の俺には見えない」

「んもう。やっぱりチャイルドシート必要なんじゃないですか?」

うさこうちとなった大河内は体が小さいため、シートベルトをしてしまうとフロントの上方しか景色が見られない。という難点があるうえにシートベルトの斜め掛けが出来ないので、チャイルドシートを検討しているのだが、やはりここはプライドが許さないらしく、いつも却下される。
が、今回はさすがに懲りたらしい。

「考えておこう・・・しかしお前の好きな旧近衛師団司令部庁舎は見られるぞ」
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「んもう。負け惜しみなんだから」

確かに、旧近衛師団司令部庁舎の重厚なレンガ造りの建物は、地面よりも低い位置に通る高速道路からはかなり座高を低くしないと見られない。が、それも一瞬ですぐにトンネルに入ってしまう。
そうして尊はGT-Rを竹橋JCTの急な分岐を案内標識に従って「5号池袋線」へ滑り込ませた。
首都高竹橋.JPG
神田川の高架上を縫うように走る池袋線は、カーブの連続だ。
首都高九段下k.JPG
首都高飯田橋.JPG
九段下の高層オフィスビル群の近未来的風景から飯田橋の少しレトロ感が漂うビル群が放つ無数の明かり。
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ビル群を抜け神田川沿いなのに江戸川橋付近は空が開け、講談社のレトロな旧館と近代的な本館を挟んだ先の護国寺の連続カーブを抜ける遠心力。
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フロントガラスを流れる都会の光芒が、うさこうちの小さな眼鏡の奥にきらきらと反射していた。

「やはり実車での移動はいいな。ガイドブックの地図をなぞるだけでは得られん実感がここにある」

尊がカップホルダーに立てているラムネの容器も、うさこうちの短い腕にはずいぶんと大きく見える。小さな口先で「カリッ」と小気味よい破砕音を立てながら、うさこうちは上機嫌に体を揺らしている。

サンシャイン前の入り組んだ高速道とサンシャイン60の巨大な影を右頭上に見上げ、高架が板橋方面へと伸びていく手前で、うさこうちが「神戸」と声をかける。
首都高サンシャイン60.JPG
「次の北池袋出口で降りろ。一般道に出て川越街道をそのまま北西へ向かうんだ」

「え?川越?埼玉県ですか?」

「慌てるな。川越街道をまっすぐ。新座市に入って野火止交差点を左折するんだ」

「えーーーー。ますます分からないです。まあ、分かりやすい道で助かりますけど」

「そうだろう。分かりやすい道路を選んでやっている」

そうしてますます自慢げにうさこうちは胸を張る。
減速しながら北池袋ランプの長い坂を下りると、GT-Rは川越街道の広い直線道路へと合流した。
川越街道。国道254号線はトラックや路線バスの往来が絶えない。池袋から板橋までは両側は変わり映えのしない都会の主要道路の風景であるが、自衛隊練馬駐屯地を通り過ぎると一気に風景が変わる。
川越街道練馬駐屯地.JPG
これまで都会的なギラギラとした建物は少なくなり、茶色を基調とするシックな建物が増えるのである。
そしてお洒落な切り通しの森の擁壁に挟まれた道を抜けると。
川越街道練馬.JPG
「あ!ようこそ埼玉県、和光市にコバトンだ!」
川越街道コバトン.JPG
「そうだ白子川だ。ここから先は埼玉県和光市だ」

「都県境ですね。都心を出てまだそんなに経っていないのに、ずいぶん遠くまで来た気がします」

「もう少しで左手が理化学研究所だぞ」
川越街道理化学研究所.JPG
理化学研究所からすぐ先は、広大な朝霞駐屯地である。
川越街道朝霞駐屯地.JPG
ここまで来ると周囲は完全に埼玉県の風景で、黒目川を超えると市のゆるキャラ"ゾウキリン"の二輪車用ご当地初期ナンバープレートが、サバンナ仕様だと話題になった新座市に入る。(ちなみに東京オリンピック記念デザインはゾウキリンが射撃をしている、かなり物騒なデザインである。)
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(新座市公式Xより)

新座市の観光名所である平林寺へ向かう道でもあり、ドン・キホーテの派手な建物が目立つ「新座警察署」の交差点はそのまま通過する。
川越街道dokkiho-te.JPG
その先の交差点をやり過ごし、次に現れるのが目的の「野火止」の交差点だ。

「神戸、あの野火止交差点を左折だ」
川越街道野火止交差点.JPG
「了解です。野火止を左、ですね」

指定通りに左折し、志木街道へと入る。が、曲がってすぐ、横断歩道がなく歩道橋のみが架けられた丁字路にぶつかった。
志木街道の歩道橋.JPG
「時々こういうのありますけど、歩行者無茶苦茶不便ですよね」

「武蔵野線とつくばエクスプレスの南流山駅入り口交差点もこんなのだぞ」
南流山駅入り口交差点.JPG
「うええ、駅前でそれですか?! 知らない人そのまま渡っちゃいそう」

「ああ。とはいえ自転車用横断帯があって信号機があるので、何とかなっているようだが、さすがに危険なので横断歩道化の話は出ているようだ」

そんな警察官らしくも他愛ない会話をしながら車を進めると、道路の中央分離帯に忽然と4本だけ残されたケヤキの大木が現れる。
志木街道の四本けやき.JPG
その由来を想像しながら木々をかわしてまっすぐ進むと、道路の足元を関越自動車道が横切る跨道橋を渡る。眼下を疾走する車両のライトが吸い込まれるように流れていくのが見える。
志木街道関越道.JPG
「神戸、その次の信号を左に曲がるんだ」

「え?ここ?」

「そうだ。途中に道があるが無視してまっすぐだぞ」
富士見新道.JPG
そうして尊はうさこうちに言われるがまま富士見新道へと入っていく。
富士見新道-2.JPG
これまでが広い道であったため、何となく不安にさせるような道だ。おまけに道の両側には工事用車両の車庫や建材屋、砂利などの道路工事用の土砂置き場が多い。こんなところに大河内が自慢するような場所が本当にあるのだろうか?
が、そんな不安を打ち消すように一気に視界が開けたのだった。
大和田通信所.JPG
「え?!」

驚きの声を上げる尊に、うさこうちは自慢げに胸を張った。

「どうだ!すごいだろう?」

「すごい。なんですか?ここ」
大和田通信所-2.JPG
フェンスの向こう側にある広大な草原。
その中にぽつぽつと林があり、その下をまるでライトアップのように街灯が連なっている。明かりの届く範囲には建物が一棟見えるだけで、その周囲には、広々とした草地が続いていた。
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「米軍の大和田通信所だ。ここは巨大なパラボラアンテナやレーダードームのような威圧的な建造物はないからな。電波障害を防ぐため、広大な敷地内は草刈りが徹底され、開発の手から完全に遮断されているんだ」

「へえ」

「神戸、この先に個人経営のコンビニエンスストアがある。そこに車を停めさせてもらおう」

「コンビニですか。こんな所に」

言われるがままに車を進めると、暗闇の中に子供の頃に見たようなどこか懐かしい看板と、個人商店特有の温かい明かりが浮かび上がった。小さな店構えだが、店先にはベンチの他多くの自販機が並び、昼間はツーリングのライダーたちが一息つく休憩スポットになるのだろう。
店の扉には、夜9時まで営業と書かれている。まだ開いているが、駐車場に他の車の姿はなく、辺りは静かだった。
 GT-Rの図太いエンジン音を響かせないよう、尊は滑らかにアクセルを抜いて駐車場へと滑り込ませた。

「ふう。ここなら音を気にする必要もありませんね。助かりました」

エンジンを切ると、車内は一気に静寂に包まれる。尊がシートベルトを外すと、助手席のうさこうちを見つめた。

「店が閉まる前に、何か温かいものでも買ってきますね。さすがに店員さんがいる前で大河内さんを連れて行くわけにはいきませんから、少しだけ車でお留守番をお願いします」

「うむ。流石に店内で動くわけにはいかないからな。それに俺は体が小さいからな。持てるものはせいぜい缶コーヒーくらいだろう。それに俺は飲食はできるが人間のように喉が渇いたり、腹が減ったりはしないからな。むしろぬいぐるみなのだから本来液体のものが苦手なはずだ」

「んふ。それもそうですね」

うさこうちが神妙に頷き、助手席のシートの上で大人しく“ただのぬいぐるみ”のポーズをとる。
外へ出ると、都心よりも明らかに冷え込んだ晩秋の澄んだ空気が頬を刺した。尊は早足で店に入り、しばらく車を停める事を店員に伝え、加温器から取り出したばかりの熱い缶コーヒーを2本買い求めて店頭を後にした。

車に戻ると、尊は缶コーヒーをハーフコートの左右のポケットに一本ずつ収め、助手席のシートベルトを外した。スーツの中のカイロで温かい小さな体を、しっかりと胸に抱き上げる。
GT-Rのドアを静かに閉め、店の明かりが届かない大和田通信所のフェンス際まで歩みを進めると、尊の胸の中でうさこうちが再びモゾモゾと動き出した。

「お待たせしました。温まりますよ」

「うむ、ありがたい。よし、人目もないな」

尊がポケットから缶コーヒーを取り出して渡すと、うさこうちは短い前足でぎゅっとカイロ代わりの缶を抱えた。
うさこうちは、自分を見てニコニコと微笑んでいる尊に、顔を上げて呼びかけた。

「さあ神戸、前を見てみろ」

「すごい!」
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フェンス沿いの歩道に出ると、車窓から見た草原が目の前に広がった。通信施設らしいものといえば、中央に見える4本の細いアンテナくらいで、街灯に照らされた木々が幻想的に浮かび上がっている。
その中に、ひときわ大きなイチョウが一本そびえていた。黄色く色づいた枝葉が、夜空へ伸びている。
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「わあ!大きなイチョウ。綺麗ですね」

フェンス越しのすぐそばにそびえる大きなイチョウの木を通り過ぎると、通信所の中にあると思っていたイチョウ並木は「幅員減少」という看板があるため、通り抜けられるのだろう小道になっており、両側のフェンスも乗り越えられそうなほど低い。
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小道の両側のフェンス内はもちろん立ち入る事は固く禁じられているが、しかしとても軍事施設とは思えない。まるで公園の敷地のようである。
残念ながらもう暗いためにこの小道を通り抜ける事は憚られるが、イチョウの葉が落ち暗い中でも黄色く輝く道が伸びる光景も美しい。そして、昼間の特に新緑の季節はさぞ気持ちが良いだろうと思う。

「美しいだろう。東京都清瀬市と埼玉県新座市その境界線上に残された、広大な空白地帯だからな」

「だからこんな場所が残っているんですね。自衛隊の駐屯地や横田基地のような巨大な基地とも違う。住宅街のすぐ隣にフェンス一枚で、まるで北海道の牧草地か長野県の高原のようです」
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「ここは元々旧日本軍の通信施設だったのだが、実は畑や右にある運動公園も基地の中なんだ。新座市がその面積の8割で、後の2割が清瀬市にあって、清瀬市の方も畑や森が続いている」
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「運動公園まで、こんなに遮るものがなく開けているんですね。向こうにある森は基地の境ですよね。綺麗ですね」
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「ああ。だが、本当に見せたかったのは景色だけではない。あちらの運動公園の門の前へ行ってみろ」

うさこうちに促され、尊は車通りの途絶えた夜道を渡り、向かいにある運動公園のメインゲートの前へと歩を進めた。 背後のグラウンドや野球場は今は使っている人がいないようで、街灯のみが闇を照らし深い静寂が支配している。
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「さあ、上を見上げてみるんだ」

「え・・・?」

尊が夜空へ視線を向けた瞬間、思わず言葉を失った。
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視界を遮る高層ビルも、すぐ頭上に迫る民家の屋根もない。通信所の草原の向こうまで空が続き、街灯から視線を外すと、その暗がりに星が見えた。
山の上のような満天の星ではない。それでも、都心では建物の間に切り取られていた夜空が、ここでは大きなドームのように広がっている。

「すごい。東京のすぐ隣に、空がこんなに高く見える場所があったなんて」

「都心からわずか30キロ足らずだがな。巨大な平坦地が光を遮るからこそ生まれる、武蔵野のプラネタリウムだ」

胸の中で缶コーヒーを抱えるうさこうちの眼鏡に、星が小さな光の点となって映り込んでいた。
尊は門の前にある岩の上にうさこうちを座らせ、尊もその岩にもたれかかりながら缶コーヒーのプルタブを開ける。
ひとくち口にすれば、冷えた頬に温かさが伝わってくる。
うさこうちが持っている缶は、帰りの途中で飲むことにしよう。ぬいぐるみのうさこうちが持っているおかげで保温効果にもなっている。
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「大河内さん。こんな素敵な場所よく見つけましたね」

「仕事上外出は多いからな。通りがかりに見つけた」

「え?僕のためにですか?」

「言っておけ」

「えへへ。でも綺麗ですね。今度は明るい時に来ましょうね」

「そうだな・・・」

時間を忘れて景色に見入っていた二人だったが、武蔵野の夜風が吹き抜け、紅葉した木々の葉をカサカサと揺らした。
澄んだ冷気が襟元から入り込み、尊は思わず「寒っ!」と首をすくめて身を縮める。それを見て、岩の上にちょこんと座るうさこうちが前足をクイと上げた。

「冷えてきたな。そろそろ車へ戻るか」

「はい。帰りましょうか」

そうして尊はうさこうちを再び両腕の中に抱き上げ、冷たい風を遮るようにハーフコートの中に包み込んだ。
うさこうちのスーツの中のカイロが温かい。
静まり返った広い草原の中を通る道をゆっくりと歩き、懐かしい明かりを残すコンビニの駐車場へ戻る。
大和田通信所-3.JPG
GT-Rの重厚なドアを開け、助手席にうさこうちを座らせてシートベルトを掛けると、車内には一気に周囲の静けさも遮断され文字通りの無音が広がる。

エンジンを始動させると、低く太い音とともにメーターパネルが鮮やかに点灯し、カーステレオから軽快なアコースティックギターのカッティングが流れ出した。
イーグルスの名曲『Take It Easy』だ。

助手席のうさこうちが、小さな眼鏡の奥の目を丸くした。

「ん? お前にしては珍しいな。そんな渋い曲をかけるとは」

尊はギアをバックに入れ、滑らかに車を後退させながら笑みをこぼす。

「ふふ、米軍施設沿いですからね。なんとなくアメリカンな気分に浸りたくて。それにこの曲、僕が学生の頃によく寄っていたミスドでいつも流れていたんですよ」

「なるほど、確かにアメリカンだな」

「ねえ、大河内さん。帰りにドーナツでも買って帰りませんか? ちょうど甘いものが食べたくなってきました」

「それもいいな」

「ここからなら、すぐそこの清瀬駅前にミスドがありますよ。あ!時間的にも11階の本体の仕事、そろそろ終わる頃じゃないですか? 連絡したら絶対『いる!』って言うに決まってますから」

♪You know we got it easy We oughta take it easy(気楽が一番、そうだろう? さあ、肩の力を抜いて 気楽にいこうよ)♪
懐かしいフレーズがうさこうちの耳に残る。

「そうだな。そうしよう」

そうして黒いGT-Rは、賑やかな東京の街へと再び滑りこんでいくのだった。

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             Eagles - Take it Easy

おしまい

ミスドでイーグルスの『Take it Easy』が流れていて、みんなでたむろっていたのは、私が大学生の頃の思い出ですが。
神戸君は私よりも年上なので、神戸君が大学生の当時(1989年~1993年)までミスドで流れていたかは分かりませんが、とりあえず1971年の歌なので大丈夫かな?と。


『神戸尊の事件簿』とは。
『相棒』の二代目相棒・神戸尊を主人公とした、パラレル設定の二次創作刑事ミステリーシリーズです。
本シリーズでは、ロンドンへ渡った杉下右京が、中国返還後の香港へ無断で渡航。在香港日本国総領事館で起きた事件を、現地で捜査権限を持たないまま独断で捜査した結果、国家公務員としての重大な規律違反と外交上の問題を引き起こし、日本へ帰国できなくなっています。
これは、公式エピソードから派生させ、右京の行動がもたらす法的・外交的影響を、より重く扱ったパラレル世界です。
右京に代わって特命係を守ったのが神戸尊です。
神戸のもとで違法捜査を行わなくなった特命係は、廃止する理由を失い、のちに警視庁刑事部の正式な部署となりました。神戸自身も警部へ昇任し、特命係長に就任しています。
二次創作ではありますが、ドラマ版と同様、事件捜査と人物心理を中心とした本格刑事ミステリーとして執筆しています。
また、ストーリーの都合上、甲斐享のいる中根署は目黒区ではなく中野区になっています。

また、作中のキャラクターイラストは、すべて自作(マウス画)です。
執筆だけでなく、挿絵やバナーイラストもマウス描画で自作して掲載しています。

神戸尊(かんべ・たける)
このシリーズの主人公。
普段は細身のダークスーツにカラーシャツが特徴の美男子。
日本へ帰国できなくなった杉下右京に代わり、当初は特命係長代理を務めていた。2014年に特命係が警視庁刑事部の正式な部署となったことに伴い、警部へ昇任して係長に就任。
感受性が強く、死体を苦手としている一方、捜査では適正手続きを重視する。違法捜査を避けながら、グレーゾーンぎりぎりを攻める正攻法を得意とする。
普段は明るく人懐っこい性格で、優しく泣き虫な「白神戸」だが、犯人と対峙すると、冷静に逃げ道を塞ぐ「黒神戸」へ変わる。どちらも演技ではなく、本人がもともと持っている一面である。剣道と射撃にも長ける。


ライブドアブログ『新:神戸尊の事件簿@mixiページ』では、本作のような短編のほか、長編ミステリーや他作品とのクロスオーバーなど、さまざまな作品を掲載しています。
ご興味がありましたら、併せてご覧ください。
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