神戸尊の事件簿×ココナラブログ 埼玉県/東京都 境界シリーズ:3

神戸尊の事件簿×ココナラブログ 埼玉県/東京都 境界シリーズ:3

記事
小説
※今回のお話についてのご注意

今回はmixiでの『神戸尊の事件簿2.5』エピローグまたはエピソード2.7
とライブドアブログ『新:神戸尊の事件簿@ mixiページ』の2017年~2018年連載シリーズ『Memories Last』をお読みいただけると、なお内容がご理解いただけるかと思います。

また、本作品は自殺や犯罪を推奨するものではございません。
なお、今回の写真は昼間の写真ばかりですが、夜のイメージでお願いします。

▽      ▽

境界の白い記憶

▽


その木は、都県境から埼玉県側に二百メートルほど離れた住宅街の中にそびえていた。
男はまるで初夏の空気の中に、一本だけ雪を被ったように咲く大きな木を、吸い込まれそうにただ茫然と見つめている。
それは、夜の中に浮かびあがるような幻想的な風景であった。
ヒトツバタゴ.JPG

ナンジャモンジャの木。正式名称はヒトツバタゴという。

何故、ナンジャモンジャの木と呼ばれるのか。それは民俗学では占いや神事に利用されていたので、植物名で直接呼ぶことが憚られたものではないか?
他にも将軍が水戸黄門に「この木はなんじゃ?」と聞かれ、「分からない」という意味で「なんじゃもんじゃ」と答えたから。という逸話が有名である。

ヒトツバタゴ(一つ葉たご)とはモクセイ科ヒトツバタゴ属の一種で。同じモクセイ科のトネリコ(別名「タゴ」)に似ており、トネリコが対に葉のある複葉であるのに対し、本種は単葉であることから「一つ葉タゴ」の和名がある。
トネリコは大きくなる木で有名であるが、この木も非常に大きく生長し、成木で樹高は二十メートルを超える。
日本での自生地域は限られ、愛知県犬山市、対馬列島、岐阜県の東濃地域の木曽川流域、長野の県境などに自生するモクセイ科の落葉広葉樹で、絶滅が危惧されるほど天然の個体数は少ない。
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東京では四月の終わりから五月の初めごろに、細く切った紙を束ねたような白い花が新枝の枝先に十センチメートル程度の円錐形に集散花序をつける。

つまり、ここに植えられているものも、東京に複数ある木も人の手により植樹されたものである。

▽

「妻は、若年性認知症でした。日に日に記憶が薄れ、私の顔さえ忘れそうになる恐怖のなかで、妻は私にしがみついて泣いたんです・・・『せめて、私があなたをあなただと認識できる今のうちに、あなた自身の手で、私を殺してほしい』と。私は・・・妻のその願いを、拒むことができなかった」

そう言って取調室で男は泣き崩れた。
若年性認知症。ガンと同じく若く発症した場合、進行が早い病と言われている。
男の妻の場合、特に症状の進行は早かった。昨日は当たり前にできていたことが、一日経っただけで一つずつできなくなっていく。夫を認識できなくなるかもしれないという恐怖に、妻は追い詰められていたという。
若年性である場合、アルツハイマー型は発症してから比較的寿命が長いとは言われているが、個人差があれど完全に介護が必要になるまでは短い。
脳の破壊が早く、身体のあらゆる機能が急速に失われていく。
その恐怖はいかほどであるか。それは想像に難くなく捜査員たちも言葉に詰まった。

男は妻の願いを聞き入れ殺めた後、凶器となった包丁を袋に入れ、夜の街をあてもなくさまよった。
何処をどうやって歩いたかも全く分からない。
ただ、ふと見上げた先に、まるで雪を被ったような真っ白な花を咲かせた大きな木があった。
その木は周囲の建物の高さを優に超えており、その大きさに圧倒され男はただただそれを見上げていたという。
その木が真っ白に染まっていたそれを見れば、その迫力と風景は何と幻想的なものだっただろうか。

その光景に男は我に返り、彷徨っていた途中で空き地に隠すように捨てたという、包丁の入った袋を探しに行ったが、暗い中であり意識も曖昧であったために見つけ出すことが出来ず、そこからまっすぐ南に進んだところにある石神井(しゃくじい)警察署の交番に自首したという。
男を我に返したその花は、おそらく妻が元気な時に一緒に見た、深大寺の大きな白い花の木と同じなのではないか?と。

男の供述で、妻は確かに練馬区にある自宅のベッドに横たえられていた。
掛け布団は胸元まで綺麗にかけられ、まるで眠っているような安らかな死に顔だった。
男はせめて苦しませたくなかったと供述した。その時も妻を睡眠薬で眠らせた後であるという。

時間の感覚が全く分からなくなっていた。
どれくらい冷たくなった妻の手を握っていたのだろうか?
気が付くと辺りは暗くなっており、もしくはもう一日が過ぎていたのかもしれない。次に男は自分はこれからどうすればよいのかという事を考えた。
彼は包丁を引き抜き、そしてその亡骸に丁寧に布団を掛ける。
せめてまるで眠っているように見えるように。

なぜ夜の街をさまよったのか?
もしかしたら自分もその後を追おうと考えたのかもしれない。
包丁を捨てたのは?自分は楽に逝ってはいけないと思ったからだそうだ。

「・・・もう、自分だけが楽に逝くことさえ、許されないような気がしたんです」

両手で顔を覆い慟哭する男の姿を、捜査一課七係の面々はただ静かに見つめていた。
三浦信輔(みうら・しんすけ)は深く重いため息をつき、芹沢慶二(せりざわ・けいじ)は今にも泣き出しそうな顔で男の背中を見つめている。

そして捜査一課の他に特命係の神戸尊(かんべ・たける)が呼ばれたのは、その包丁のありかを探すための要員であった。
周囲からもこんな話を聞かせたら絶対に泣くと思われたからか、尊は捜査一課七係の伊丹憲一(いたみ・けんいち)と一緒にマジックミラーの向こう側にいるのだが、案の定鼻水をすすり上げ、涙でボロボロである。

男の語る「愛するがゆえの絶望」は、あまりにも容赦なく尊の胸の奥を抉っていた。
杉下右京が自分勝手に用意していた、ロンドンでの新しい相棒を迎えての生活。
無断渡航、無断な警察権行使という衝撃的な行動から、幼児退行し記憶の一部を失い、置いていかれた暗闇の中で一人震えていたあの冬の記憶。
自分が自分でなくなっていく恐怖。
記憶を取り戻した時、心から自分を恥じて真冬の奥多摩の川辺で消えてしまおう。と身を横たえた凍てつく冷たさ。
感情の濁流に呑まれそうになったその時、尊は内側から強烈な眩暈(めまい)に襲われ、足元がぐらりと大きく揺れた。

「おい!」

伊丹の胸の中に倒れ込んできた細い肢体に、伊丹は慌てて大きな手で肩を支える。
慌てて顔を覗き込めば蒼白になっている。

「伊丹さん・・・。大丈夫です。」

「これが大丈夫なもんか」

尊は相変わらず涙でかすれた声で強がりを言うが、倒れた原因が何なのかは伊丹にとっては容易に想像がつく。

『ああ。思い出しちまったんだな・・・』

それは今でも伊丹にとっても心の痛みとして深く刻み込まれている。
そうなればやる事は一つしかない。
病苦の妻を殺めた男の供述はこれ以上何を聞くまでもないからだ。
そして、伊丹は取調室につながるマイクのスイッチを入れ、三浦へと低く合図を送った。

「三浦さん。こいつが投げ捨てたっていう袋の捜索、俺と警部殿で行ってきますわ。こいつをこれ以上ここに置いといたら、取調室が水浸しになっちまう」

照れ隠しの悪態をつきながらも、伊丹は尊の身体を支えたまま、ゆっくりと部屋の出口へと歩き出す。
尊は伊丹の胸に顔を埋めたまま、小さく「すみません・・・」と声を漏らした。

「まったく世話が焼けるな。あの警部殿は・・・」

そうして部屋から離れていく足音を聞きながら、三浦はぼそりとごちた。

▽

「すいません・・・」

「あんたは元々俺より階級が上なんだから遠慮は無用ですよ」

伊丹の車両の助手席で、尊は体をすぼめながら小さくつぶやいた。
伊丹と尊の乗る車両の後ろには、石神井署の鑑識車両と所轄の車両がついている。
助手席でなんだか居心地悪そうにしているのは、階級が上のくせにいつも誰が運転するか。と、なかなか運転席を譲らない尊らしくはある。

特命係が正式な部署に昇格し、そのため自動的に警部となったため、神戸尊が「警部殿」となったが。
捜査一課七係の面々は、初めは「警部殿=杉下右京(すぎした・うきょう)」のイメージが強く、慣れるだろうかと余計な心配をしていたが、「警部補殿」の「補」が抜けただけなので、皆案外あっさりと慣れてしまっていた。

「記憶が曖昧でも、人って何の脈絡もなく歩かないものなんです。おそらく無意識に何かを感じて、ナンジャモンジャの木の場所に行き着いたんだと思います」

そうか。彼には心当たりがある。
尊も杉下右京の裏切りからの心労と、外交レベルの国家公務員法違反を聞いてショックを受け、一時的に部分的な記憶喪失と幼児退行を起こしたが。全ての記憶が戻ったあの時、何の脈絡もなく奥多摩に向かったわけではなかった。
まだ特命係に来たばかりで、芹沢とは仲良くなり始めていたが、まだまだ右京からは酷い扱いを受けて、自分も嫌みな態度を向けていたけれど、だけど彼にとっては大切な思い出の場所だった。
それに気づいた自分も、きっとその頃から亀山薫とは違う彼の人懐っこさと明るい性格が、心地よかったのだと思う。
しかし伊丹はその事を飲み込んで聞き返す。

「ナンジャモンジャの木?」

「あの人、深大寺の大きな白い花の咲く木って言っていましたよね?ナンジャモンジャの木、正式な和名はヒトツバタゴって言うんです。すごく大きくて、有名なんですよ。真っ白で、まるで大きな雲みたいなんです」
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そうつぶやく尊は、その光景を思い出しているのか、ふんわり微笑んでいるような気がする。
雲?白いからまさか蜘蛛の事ではないだろう。
大きな雲が地上に降りてきたようだという意味なのだろうか?
尊が見たというその風景はいったいどんな風景だったのか。想像もつかないその言葉に、伊丹も興味の芽が少し芽吹き、思わずこの言葉が口をついた。

「どんな景色なんだろうな・・・」

「伊丹さんは、今の時期の深大寺には行ったことがないんですか?」

「そうだなあ。寺の中には行ったことねえなあ」

確かに伊丹は普段は寺巡りなどはしない性格だろう。ましてやヒトツバタゴの咲く時期は観光客で押し寄せるから余計だろう。
と、尊は伊丹の横顔を見ながら思う。

「でしたら見せてあげます。その真っ白な雲のような景色」
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「おう。見せてもらおうじゃねえか」

とても巡査部長が警部に向かって放つセリフではないが、しかし尊と伊丹とならば通じる言葉だった。
昔担当した事件の告発者が司法の判断で人生を滅茶苦茶にされ、それに付け込んだ犯人に操られていた事にショックを受け、自分一人で落とし前をつけようとした時、ずっとそばに寄り添ってくれたのが特命係に来てもう少しで一年になろうとしていた、警部補だった神戸尊だった。
見かけと警察庁推薦組の警備局の元警視。というイメージだけで毛嫌いしていた伊丹には、階級など構わず受け止めてくれる彼は衝撃的だった。

以来、尊は敬語だが伊丹はため口という逆転現象が起きている。

それもこれも「伊丹さんの方が僕より年上なんです。それでしっくりいくから良いじゃないですか」という何とも曖昧な理由だ。
でも、それが尊らしくてよかった。
実際、警部になった今でも彼は妙に現場に馴染んでいる。

▽

練馬区西大泉と新座市の都県境は住宅街の中にある。
昔の区画がそのまま残っているため、お隣さんが埼玉県。庭の先が東京都という状態であり、おまけに飛び地まで存在するのだ。
そのため区画の面倒臭さから空き地や農地の多い場所である。
草の生い茂り始めた今の時期は確かに何かを隠すのは持って来いだろう。

男がせめて妻の尊厳を守ろうという思いは徹底していて、包丁を包んだ袋はビニール袋ではなく、撥水性のエコバッグだという。家から包丁を持ち出したのも血の付いた包丁を見られ、夫が殺人犯だと他人から蔑まれるのは妻は傷つくだろうとの思いだったらしい。

ナンジャモンジャの木の花を見て我に返り、袋を探してから練馬所沢線道路を南に向かって交番に出頭したという証言から、練馬所沢線近くの空き地と公園、その周辺地域の空き地と公園の捜索がなされる。

しかし、男本人が草を分けても見つからなかった。という証言から、尊がふとひらめいた事を口にした。
その言葉に軍手をした捜査員たちが一斉に尊の方を見る。

「ちょっと待ってください。本当に草の中なんでしょうか?考えてもみてください。包丁が捨てられてまだ時間は経っていません。まだ初夏の初めで草が包み込むまでの高さに生長するには時間がかかりますし、この辺りの草丈では袋を隠すのは難しそうです。曖昧な意識で草と間違え、表からは見えない場所。公園のサツキやオカメザサの植え込みの中ではないでしょうか?」

「オカメザサ?」
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「よく公園などに植えられている葉っぱの小さな笹です。植物学上は竹らしいんですが、背の低い笹がありますよね?あれなら隙間にねじ込んでしまえば周囲からは見えなくなると思うんです。それはサツキも同様ですけど」

確かに、伊丹も先ほどから引っかかっていたのはその事だった。
今の時期の草丈では物を隠せるような高さの草は、周囲を見まわしても生えていない。

「分かった。オカメザサやサツキの植え込みを重点的に探せ!」

伊丹の指示により、刑事と鑑識たちがバラバラと目的の植栽へと散っていく。
男の聴取と遺体の確認は滞りなく進んだが、現場周辺はすでに夜の闇に包まれていた。
しかし投棄されたのは刃物である。
住宅街という立地もあり、証拠物品の確保は一刻も早く行われなければならない。
ちらちらと揺れる各々が持つ懐中電灯の光により、捜査員たちが何処にいるのか離れていても確認が出来た。

「僕たちは、あの人が見たと思うナンジャモンジャの木までのルート上の植栽を探しましょう」

そして男の供述する、白い雪のように花の覆う木は本当にあるのか。
暗い中ではどう見えるのか。確かめなければならない。

「あんた。そのナンジャモンジャの木の場所知ってんのかよ」

「分かりませんが、大きな道路沿いにあることは分かっていますので、それ沿いに埼玉県方面に進んでいけば見つかると思いますよ」

「大雑把だな」

なんともいい加減とも思える尊のセリフに、伊丹は半ば呆れた声を上げるが「じゃあ、このまま県道沿いに北上してみましょう」と、彼はそのまま歩き始める。
その言葉に頷き、伊丹は長い脚で歩き出した。

 都県境の境界線の舗装された道路の脇には、昔ながらの農地や手入れの行き届いた生垣、公園が広がっており、背の低いサツキやオカメザサの植栽が続いている。
二人は男が辿ったであろう夜の道を辿っていく。 自首した男の精神状態を考えれば、整然と歩道を選んで歩いたとは考えにくい。
暗闇の中、吸い寄せられるように彷徨った足取り。その途中にあったはずの「隠し場所」。

住宅の塀沿いに進むと、小さな広場ポケットスポットの道路に面したオカメザサの植え込みがあった。境界のような入り組んだ場所には、こうした小さなスポットがいくつも点在している。
 尊は懐中電灯の光を落とし、葉の重なる奥を照らす。

「ここも、外からは見えませんね」

「ああ。だが、手は突っ込むなよ」

「分かっています」

包丁が袋を突き破っている可能性もある。尊はしゃがみ込む代わりに、少し位置を変え、隙間から見える地面を順に確かめる。
二つ目の植え込みを確認したところで、伊丹の携帯電話が鳴った。

「伊丹だ。あったか?」

尊が顔を上げる。
どうやら電話の先は石神井署の捜査員のようだった。

「触るなよ。鑑識に任せろ。場所を捜査本部の三浦さんにも入れといてくれ」

電話を切った伊丹は尊に向き直り、凶器の発見を伝えた。
発見場所は、これから現場保存のために立ち入り禁止となる。

「都県境付近の東京側の公園の植え込みだ。あんたの言った、背の低い笹の中にあったそうだ」

「撥水性のエコバッグですか?」

「ああ。供述と似た袋で、中に刃渡り約十六センチ、血痕のついた刃物がある。本人のものかどうかは、これからだがな」

尊の読みが、正確に当たった瞬間だった。
あとは裏付けのため男の見たヒトツバタゴを探すだけである。

▽

男の証言を遡り練馬所沢線を歩く。埼玉県に入りこの道路は産業道路という名称に変わるのだが、幹線道路沿いのため高い建物が目立つ。
が、都と県の境から百メートルほど歩いたところで視界が開け、畑の向こうに白い大きな木が目に入った。
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「あれか!」

思わず伊丹がつぶやく。
駆け寄りたい気持ちを抑え、二人はその大きな木のそびえる小道の入り口で立ち止まった。
街灯の光を受けた枝先が、夜空から浮き出している。 あと数歩進むと、その白は思っていたよりもずっと高く、広く、二人の頭上へと広がっていた。
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「伊丹さん・・・」

「ああ」

それ以上、説明は要らなかった。

新座市に入って二百メートルほど進んだ先の住宅街に、その木は確かに立っていた。 
駐車場の端に立っているため柵越しとなるが、近寄って見上げる幹は太く、幾重にも分かれた枝を、まるで細く切った紙を束ねた飾りのように白い花がかすかに甘い香りとともに覆っている。奥の葉は闇に沈み、光を跳ね返す白い花だけが宙に残されているように見えた。
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風が吹くと 枝先の白がわずかに揺れ、その間から濃い緑が雲の隙間のようにのぞいている。

「・・・なるほどな」

伊丹は首を反らしたまま呟いた。

「雲ってのは、これか」

「はい。真っ白で本当に雲みたいでしょう?」
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尊も花を見上げながらそれはいつもの彼らしく少し自慢げに、そして可愛らしくにこりとほほ笑む。
この木は住宅街にあるため度々剪定され、深大寺で見た木とは違い広く横には広がってはいないが、それでも花をいっぱいにつけた枝が夜空を隠す光景は、非常に幻想的に感じる。
確かに空から雲が降りてきたようだった。

男もここで、こうして立ち止まったのだろうか。
おそらく思い出したであろう尊が見たものと同じ木の記憶。
そのとき男の中に戻ってきたものが、妻の笑顔だったのか、もう二度と声を聞けないという事実だったのか、それはもちろん尊には分からない。

圧倒されていた伊丹は我に返り携帯電話を取り出すと、ヒトツバタゴの木の場所を伝える。供述にあった木と思われること。捜索で発見された袋の位置と併せ、経路を確認してほしいことを短く伝え、再び尊の隣に立った。

どこかの家の帰宅を伝える扉の開く音、窓を閉める音。幹線道路を通る車の音。
ここにも、いつもの暮らしがある。 ほんの少し南へ歩けば東京都になるこの場所で、白い花は、誰の事情にも関わりなく咲いていた。
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「でもなんだか僕、なんとなくわかるんです。僕も一度、杉下さんが僕を捨てたと分かったとき・・・。自分が特命係にいたことさえ、全部消し去りたくて、この世から消えようとしましたから・・・。でも」

尊はそこで一度言葉を区切ると、隣に立つ男へと視線を巡らせた。綺麗なセピア色の瞳は夜の闇で暗い色に沈んでいるが、星のようにきらきらと光る瞳の中には白い花が映っている。
『そうだったな・・・』
その言葉に、極寒の中で横たわる尊を見つけた時、無我夢中で彼を抱きしめたあの冷たさが、伊丹の腕の中に蘇った。
神が本当にいるのなら、ただただこいつを連れて行くな。それだけしか望んでいなかった。

「僕は、伊丹さんのおかげで、こうして今も『警部殿』なんて呼ばれながら、生きています」

そうしてぐっと言葉に詰まる。

「何が足りなかったんでしょうね、あの夫婦には・・・」

その問いかけに、伊丹は真っ白な花を見つめながら、低く、少し掠れた声で応えた。

「さあな・・・。だが、足りないもんを探すのは、俺たちの仕事じゃねえよ」

その瞬間、あの真冬の奥多摩の川辺で、自分を力強く抱きしめてくれた伊丹の体温が、鮮烈に呼び覚まされた。
かつて自分がどんなに傷つき、壊れそうになっても、階級や肩書きなんて一切関係なく、ただ一人の人間として真っ直ぐに自分を受け止め、支え続けてくれた男。 尊はそっと手を伸ばすと、伊丹のスーツの袖を、指先でぎゅっと強く握りしめた。
もう、一人で暗闇に取り残されて震えることはない。大好きなこの人が、自分のすぐ隣にいてくれるのだから。

腕に伝ってきた確かな重みと、微かな震えに、伊丹ははっとして視線を落とした。自分の袖を離すまいと強く握っている尊の細い指先。
伊丹は小さくため息をつくと、ポケットから無造作に手を抜いた。 開いた大きな手で、照れくささを隠すように何も言わないまま、尊の指先をそっと包み込むように、力強く握り返した。

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          X Japan CRUCIFY MY LOVE

境界の白い記憶 END

『神戸尊の事件簿』とは。
『相棒』の二代目相棒・神戸尊を主人公とした、パラレル設定の二次創作刑事ミステリーシリーズです。
本シリーズでは、ロンドンへ渡った杉下右京が、中国返還後の香港へ無断で渡航。在香港日本国総領事館で起きた事件を、現地で捜査権限を持たないまま独断で捜査した結果、国家公務員としての重大な規律違反と外交上の問題を引き起こし、日本へ帰国できなくなっています。
これは、公式エピソードから派生させ、右京の行動がもたらす法的・外交的影響を、より重く扱ったパラレル世界です。
右京に代わって特命係を守ったのが神戸尊です。
神戸のもとで違法捜査を行わなくなった特命係は、廃止する理由を失い、のちに警視庁刑事部の正式な部署となりました。神戸自身も警部へ昇任し、特命係長に就任しています。
二次創作ではありますが、ドラマ版と同様、事件捜査と人物心理を中心とした本格刑事ミステリーとして執筆しています。
また、ストーリーの都合上、甲斐享のいる中根署は目黒区ではなく中野区になっています。

また、作中のキャラクターイラストは、すべて自作(マウス画)です。
執筆だけでなく、挿絵やバナーイラストもマウス描画で自作して掲載しています。

神戸尊(かんべ・たける)
このシリーズの主人公。
普段は細身のダークスーツにカラーシャツが特徴の美男子。
日本へ帰国できなくなった杉下右京に代わり、当初は特命係長代理を務めていた。2014年に特命係が警視庁刑事部の正式な部署となったことに伴い、警部へ昇任して係長に就任。
感受性が強く、死体を苦手としている一方、捜査では適正手続きを重視する。違法捜査を避けながら、グレーゾーンぎりぎりを攻める正攻法を得意とする。
普段は明るく人懐っこい性格で、優しく泣き虫な「白神戸」だが、犯人と対峙すると、冷静に逃げ道を塞ぐ「黒神戸」へ変わる。どちらも演技ではなく、本人がもともと持っている一面である。剣道と射撃にも長ける。


ライブドアブログ『新:神戸尊の事件簿@mixiページ』では、本作のような短編のほか、長編ミステリーや他作品とのクロスオーバーなど、さまざまな作品を掲載しています。
ご興味がありましたら、併せてご覧ください。
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