安心できるのに恋にならない――大人の恋に足りないもの

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コラム
年を重ねてきた今、
安心できる人を選びたい、と思っています。

私の考える“安心”の条件とは
一緒にいて緊張しないこと
無理をしなくていいこと
等身大の私を見てくれること
それがあれば、きっと大丈夫
そう思っていました。

でも、
安心できるのに、恋にならない
ときめかない。
その分かれ道は何なのだろうと考えた。

Aさん
丁寧で、気遣いもあって、会話も続く。
強引なことを言ってくるわけでもない。
私の質問にきちんと答えてくれて、
出先では「ここにいるよ」と写真まで送ってくれる。
なのに、心は静かなまま。
なぜか盛り上がらない。

一方で、やり取りが弾む人がいる。

Bさん
メッセージが来ると、少し嬉しい。
返信を考える時間が楽しい。
自慢するわけでもなく、
日常の出来事にのせて、
さりげなく私のことも聞いてくる。

食事に誘うときも、
「暖かくなってから、一緒に行きましょう」と自然体。
こちらに選択肢を与えてくれる余白がある。
私のペースに合わせてくれているのだと感じられる。
紳士的だな、と思う。

AさんとBさんの違い、
それは感情が動くこと。

ワクワクして、
少しドキドキもする
それが、恋の入り口なのかもしれません。

例えば。
「○○を買ってきました。楽しみです」と言ったときに、
「それ、美味しいですよね。間違いないですよね」と
一緒になって感じてくれること。
分かってくれた、って一番うれしい。
お誘いひとつでも、
強引ではなく、「どうですか?」と半歩歩みよる。
こちらが返せるボールを、ちゃんと渡してくれる。

そこには余白があって、
それが安心感につながる。
大げさではない自己開示。
今ハマっていること。
今日あった小さな出来事。
今晩のごはんは○○、とか。
相手の日常が見えること。

なおかつ、こちらにも話を振ってくれる。
そう、言葉のキャッチボールができること。

DMが届くと、どんな内容かな、とワクワクする。
誘いそうで誘わない、その駆け引きも少し楽しい。

そして、ふとしたタイミングでお誘いがあったとき、
ときめきはMaxになる。

その人と話していると、
少し可愛くなっている私がいる。

柔らかくなって、
笑っていて、
ちょっと女の顔をしている。
その自分が、嫌いじゃない。
むしろ、好きだったりする。

そう、
「その人といるときの自分が、ちょっと好きになること」
年を重ねてきて、そばにいてほしい人。
安心できる人。
わたしのことを思ってくれる人。
そこは譲れない。

だけど、
会話ができること。
ときめきがあること。
それも、同じくらい大切。
安心だけでは、心は動かない。
ときめきだけでは、続かない。
どちらかではなく、
どちらも欲しい。

私は、
もう若くないけれど、
もう我慢もしなくていい。

これから何十年と一緒に暮らしていくなら、
安心の上にのった、ときめきこそが
大人の恋なのかもしれません。

だからこそ、
恋の基準は、相手の条件じゃない。
その人といるときの“私の表情”。
鏡を見なくても分かる。

心が動いているときの顔は、きっと、
少しだけ輝いているはず。
年齢でもなく、条件でもなく
ときめきを忘れない、
ドキドキできる“わたし基準”。

恋って
「その人といるときの自分を好きにしてくれる人」に
惹かれるのかもしれないですね。

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“私の表情”は、どんな顔をしているだろう。
ときめきなのか、
安心なのか、
それとも、どこか我慢している顔なのか。

もし今、
「この人でいいのかな」と
心のどこかで迷っているなら。

その違和感は、
あなたの心からのサイン。

彼の本音や、これからの流れを知ることで、
あなたの“わたし基準”は
きっとはっきりしていきます。

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