たまにはカンボジアの政治のことも その③ 二人の首相体制の終わりと一党独裁の始まり
記事
コラム
下院選、日本で言うところの衆議院選挙は5年に1回行われます。
自衛隊もPKOで参加した国連平和維持軍主導で行われた総選挙は1993年でしたので、「3」と「8」の年には総選挙があるということになります。
その①で書いた通り、苦肉の策だったラナリット第一首相とフン・セン第二首相の2人首相体制が、ずっと火種を抱えたまま2回目の1998年の選挙が近づいてきた頃に事件は起きました。
選挙1年前1997年に第一党と第二党の戦闘が首都プノンペンで勃発しました。
発端は、軍隊も警察も実質ほとんど支配下においていたフン・セン第二首相の第二党に対抗しようと、ラナリット第一首相のフンシンペック派がゲリラ化していたポル・ポト派の兵を取り込もうと画策したとか、秘密裏に大量の武器を輸入したとか言われてますが実際どうだったのでしょうね、ともかく口実を設けてフン・セン第二首相側がラナリット第一首相を国外追放にまで追い込み事実上首相が1人となりました。
その状態での翌年1998年の総選挙では当然フン・セン首相派が勝利を治め、その後も選挙前には有力視される野党が法律違反で解散させられたり党首が国家転覆画策したなどで逮捕や国外追放されたりして2023年まで首相の座はフン・セン首相で安泰、その後長男のフン・マネット首相に移譲(一応投票結果ですが)現在に至るまでフン・セン一族の事実上独裁が続いています。
ちなみに大虐殺したとされるポル・ポトも奇しくもその1998年に他界して翌1999年までにポル・ポト派残党もすべてカンボジア国軍へ取り込まれたので反政府軍というのもそこで完全に亡くなりほんとうの意味で一応ひとつになりました。
ただ、昨年からの隣国タイとの紛争を経てそこに変化が起きつつある感じもあります。