たまにはカンボジアの政治のことも その② Self-Defense Forcesの役割
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自衛隊 英語ではこの Self-Defense Forces と一般的には呼ばれますが海外やカンボジア人から見れば他の国の軍隊と区別はないので、普通にローカルの新聞でもទាហានជប៉ុន(テアヘアン・チャポン)Japanese Army日本の軍隊と書かれてたし呼ばれてました、まああたりまえですが。
1993年の総選挙のための初のカンボジアPKO派遣では日本政府としても初の海外でなにか被害が出ては大変と、国連にも働きかけた結果、最も安全な地域といわれた首都プノンペンから南の海に向かう国道2号線と3号線の修復というのが割り当てられました。他国の軍隊が護衛するというおまけまでついて😁まあ落とし所だったのでしょうね。
後に現地の日本大使館の書記官から聞いた話では、自衛隊員と現地の人々と諍いが起きたり女性問題があったりしたら解決するための部署を用意していたり、問題が起きないように隊員がなるべく駐屯地から外に出ないように毎晩カラオケ大会とか宴会とか一生懸命企画する部署もあったとか・・・実際問題解決の部隊の出番があったのかどうかはわかりませんが、特におかしな報道は見られませんでしたね。
というよりも、「日本の兵隊」は非常にみんな礼儀正しくて友好的で最も現地の人達から好かれていたのは間違いなさそうです。
あと、この2号線3号線の修復工事をする際に現地の人たちにも参加してもらってなおかつ収入を得てもらえればと、道の周辺の村々に声をかけて手伝ってくれた人たちには日本のお米を提供するということもしてました、非常にいいことですね。
ただ・・・当時まだ日本の粘り気のあるジャポニカ米はこちらでは非常にめずらしいもので、村人たちの口にはあわなかったために日本のお米を売ってカンボジアの米に買い替えるということが多かったみたいです。そしてその日本米がプノンペンの市場に来て我々在住日本人がこれまた安く買えるといういい流通経路が出来上がってて結果的にみんなバンザイだったのは良かったですね😂