最近すごく好きなものがある。みんな大好き、「ちいかわ」だ。登場するキャラクターの中でもいちばん好きなのは、やっぱりちいかわ。
小さな幸せを大切にしていて、笑ったり泣いたり頑張っている姿が何とも愛くるしい。アニメが更新される火曜と金曜を心待ちにしているほどである。
お気に入りのシーンがたくさんある中で、特にリピートして見るのが、ちいかわが爪切りをする回。
ちいさな爪をパチンパチンと切って、きれいになったのが嬉しくて思わずステップを踏んで踊ってしまうシーンがある。それが普段の自分と少し重なって、なんだか愛おしくなるのだ。
わたしは、頭の中で過去の嫌な記憶がフラッシュバックしたり、不安で胸が苦しくなったりしたとき、おもむろに爪切りを握る。
爪をきっている間は、不思議と他のことは考えなくなる。 考えている余裕がない、と言ったほうが正しいかもしれない。
なぜなら爪切りという道具は、刃物だ。「絶妙に自分を傷つけてしまう危険性」がいつでもある。
深爪をしたらしばらく痛いし、かといって長すぎたら生活の邪魔になる。間違って指先を傷つけようものなら血がでてしまう。
だからこそ、わたしたちは爪を切るとき、自然と手元に、刃先に、100%全神経を集中せざるを得なくなる。
パチン、パチン、と静かな部屋に音が響く。 その音を聞きながら、1ミリ単位で自分の体の一部を丁寧に整えていく。
その瞬間だけは、外でどんな嵐が吹き荒れていようと、私の脳内は完全に「今、この爪を切る」ということだけで満たされる。
過去の後悔も、未来の不安も、すべてが刃先に遮断される。まるで、強制的な思考停止ボタンを押したような感覚だ。
そして切り終わったあと、ふと目に入る自分の手がきれいだと、なんとなく嬉しい。
スマホの画面をタップするとき。 温かいお茶のカップを握るとき。 日常の中で、自分の「手」というパーツは、1日に何度も、嫌でも視界に入ってくる。
その手がほんの少し整っているだけで、疲れた心に「あ、私は自分をちゃんとケアできているな」「自分を投げやりにせず、大事に扱えているな」という静かな安心感が、あとから、じわじわと効いてくる。
これは、性別も、年齢も、今いる環境も関係ない。お金もかからないし、時間も気にしなくて良い。
今ベッドから起き上がれない人だって、爪切りさえ手を伸ばせばその場ですぐにできる、一番小さくて確実な「自分を愛でる方法」だ。
これは、ただの私のルーティンや、気休めの話のように思えるかもしれない。でも、実はわたし個人の日記で終わるだけの話ではなかったりする。
心理療法のひとつである「CBT(認知行動療法)」において、『コーピング(ストレスへの対処法)』と呼ばれる、科学的にも立派なメンタルケアの技術なのだ。
教科書を開くと、「ストレス因に対して意図的に認知や行動を変容させ、心理的負荷を軽減する技術」なんて難しく書いてある。
でも、そんな小難しい講釈は、心が苦しくてたまらなくなっているとき、1ミリも頭に入ってこない。
このCBTの知恵をわたしなりに噛み砕くなら、「しんどい時は、五感(刃先の感覚や音、視覚)を使って『今』に強制連行されて、自分を少しだけ守ってあげようね」ということ。
カウンセリングに通わなくても、高い本を買わなくても。爪を切りながら、私たちはもう、自分の心を守るための立派な心理療法の一歩を踏み出している。
そしてこの「コーピング」という技術において、とても大切なルールがある。 それは、「ひとつひとつの質がしょぼくてもいいから、とにかく数をたくさん持っている方が良い」とされていることだ。
ストレスという名のモンスターに立ち向かうとき、私たちは一撃必殺の強力な武器を探しがちだ。
たとえば「海外旅行に行く」とか「ランニングを始めて意識を高めよう!」とか、派手で元気なときしかできないことを武器にしようとしてしまう。
でも、本当に心がボロボロのときに、旅行の計画なんて立てられるはずがない。運動なんてもってのほかだ。
だからこそ、クオリティは「しょぼくていい」のだ。
「温かいココアを飲む」 「好きな音楽の、あのイントロだけを聴く」 「お気に入りのクッションを思いきり抱きしめる」 そして、「爪を切る」。
これくらい、拍子抜けするほど簡単で小さなことでいい。
「これをしてるときは、少しだけ嫌なことを忘れられるな」「しんどいときでも、これならかろうじてできるな」という自分だけの小さなお守りを、日常の中で宝探しのように見つけてみてほしい。
見つけたら、忘れないようにスマホのメモ帳に残したり、部屋の目につくところにペタッと貼り付けておくのがおすすめだ。
心が嵐のときは「自分が何をすれば楽になるか」すら思い出せなくなるから。そのメモが、暗闇の中であなたを導く小さなお守りになってくれる。
とはいえ。 今、この文章をベッドの中で泥のように横たわりながら、絶望の中で読んでいる人もいるかもしれない。
そんな方に向けて、もうひとつ、元医療従事者として、そして一人のサバイバーとして、どうしても伝えておきたいリアルがある。
「しんどい時は爪を切りましょう」なんて言われても、本当に本当にしんどい時は、爪切りに手を伸ばすことすらできないのだ。
わたしだって、うつのどん底にいたときは、爪なんて気にしていられず、ボロボロで汚かった。
お風呂に入る気力もなければ、自分の体を視界に入れることすらおぞましくて、爪を切るなんていう高度な100%の集中力を使う行動は、全くできなかった。自分のことすら、完全にネグレクト(放棄)していた。
だから、もしあなたが今、「爪切りすらできない」「そんな気力すらない」と自分を責めているなら、どうか安心してほしい。あなたは何も悪くない。ただ、心が生きるためのエネルギーを最大限に節約しているだけだ。
そう考えると、もしこの記事を読んで「ちょっと爪でも切ってみようかな」と爪切りを持てたなら。あるいは、「これならできるかな?」と思ったことを、少しでも行動できたなら。
それは、あなたの心が、長い冬を終えて「少しだけ回復してきた証」なのかもしれない。 自分を守るためのエネルギーが、あなたの心の中にほんの少しだけ戻ってきた、という愛おしいサインなのだ。
少しでも動けた自分を、大袈裟なくらい褒めてあげてほしい。あなたは今、自分の力で、地獄から一歩這い上がろうとしている。
このマガジンでは、こんな風に、日常という戦場をなんとか正気で生き延びるための、小さくて優しい光の知恵を置いていこうと思う。
今日も、あなたの手が、心が、少しだけ優しく整いますように。
最後まで読んでくれてありがとう。
もし今、「ベッドから起き上がれなくて苦しい」「誰にも言えない寂しさや不安がある」というときは、一人で抱え込まずにご相談ください。
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