同じ一行から、3つの違う短編を書き出してみる

同じ一行から、3つの違う短編を書き出してみる

記事
小説
 はじめまして、西月あまねです。
 小説の依頼を受けるとき、私は必ず「どんな読後感がほしいか」を伺います。なぜそれを聞くのか、実際にやってみたほうが早いと思いました。

 お題はこの一行です。

「駅前の本屋が、来月で閉まるらしい」

 同じ設定から、三通りの書き出しを作ります。

■A:喪失を書く場合

 シャッターに貼られた紙は、ワープロで打った明朝体だった。長らくご愛顧いただき、の「顧」の字だけ、印字がかすれている。

 母がここで文庫を買っていた。私が高校の参考書を買ったのもここだ。三十年ぶんの記憶が、この一枚で片づけられようとしている。

 店主は奥で背を丸め、返品の伝票を書いていた。声をかけようとして、やめた。かける言葉を、私は持っていない。

――冒頭から「失われつつあるもの」の証拠を並べています。かすれた印字、丸めた背中。感情語は使わず、物だけで喪失を伝える。読者は最初の三行で「これは別れの話だ」と理解します。

■B:再生を書く場合

 閉店の貼り紙を見つけたのは、私が会社を辞めた日だった。

 なんだ、お前もか、と思った。声に出さずに笑ったら、通りすがりの人に見られた。

 中に入ると、棚は半分空いていた。売れ残った本たちが、間隔をあけて立っている。その隙間が、なぜか気持ちよかった。詰まっていないということ。空いているということ。私はしばらく、その隙間を眺めていた。

――同じ閉店を、主人公の状況と重ねています。喪失を「悪いこと」として書かない。空いた棚を心地よく感じさせることで、この物語が下降ではなく再出発に向かうことを、読者は無意識に受け取ります。

■C:気まずさを書く場合

「知ってた? 駅前の本屋、閉まるんだって」

 そう言ったのは私で、聞いていたのは夫だった。夫はスマホから顔を上げず、へえ、と言った。

 私たちは、あの本屋で出会った。同じ棚の前で、同じ本に手を伸ばした。そういう話を、結婚式のスピーチで友人がした。会場は笑って、拍手が起きた。

 へえ、のあとに続く言葉は、なかった。

――ここでは本屋の閉店は背景にすぎません。本題は、それを「へえ」で流す夫との関係です。何も事件は起きていないのに、読者は不穏なものを感じ取る。省略が機能する書き方です。

■何が違うのか

 三つとも、設定は同じです。変えたのは「どこに着地させるか」だけ。

 着地点が決まっていれば、冒頭の一行目から逆算できます。Aなら失われるものを、Bなら空白を、Cなら流された言葉を、最初に置く。物語は最後から作るものだからです。

 だからご依頼のとき、「読み終わったあとどうなっていてほしいか」を伺います。「泣きたい」でも「少し気まずくなりたい」でも構いません。それが決まれば、あとはこちらが組み立てます。

 うまく言葉にできなくても大丈夫です。購入前のご相談で、一緒に探していきましょう。

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