理解するが、心が追いつかない。

理解するが、心が追いつかない。

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コラム
最近、知り合いから悪意のある言葉を投げかけられた。

その時は、「んっ」って違和感があったけど、そのまま話を続けていた。
そういう時って必ず、家に帰ってから、気になり出す。

あの言葉,悪意があったよな?

私何か、気に 障ることをしたり言ったりした?
しばらく考えてしまう。

彼女に何かあった?
そういえば、いつもと違って刺々しかったな。
表情もいつもと違って険しかったな。
と、あれこれ考えてしまう。

気になり出したら、そういえばあの時もとか、
頭の中でエンドレスな妄想に入ってしまう。

これが、「私の癖」です。
そんなに、思い悩むんだったら直接聞けばいいのに聞けない。

だって、自分の思いと違う反応が返ってきたらビックリして立ち直れないかもしれない。

よく、「他人に期待をしない方がいい」と言われます。

人の言葉は、受け取った側の中で一人歩きして、枝葉がついて、とんでもない方向に行くこともある。
だから気にすることはないと助言をもらいます。

それは理解するが、心が追いつかない。

すると、人と喋るのが嫌になってしまうこともある。

時々、相手の立場を考えずに喋っている人を見ると、羨ましいと思うこともある。
でも、その人になりたいかと言われたら、なれないな。
自分は、相手の立場を考えて行動したいと思っているから。

それでも、悪意のある言葉にやられてしまう。
自分の中でのせめぎ合いです。

しんどい性格だな、と思う。

でも、これが「私の癖」だとわかっているだけでも、
昔とは少し違う気がします。

また考え始めたな。
また頭の中で、答えの出ないことを探しているな。

そう気がついたら、
「今、私は傷ついているんだな」
と思うことにしています。

考えすぎない人には、たぶんなれません。
相手のことを気にしない人にも、なれません。

だったら、この自分とどう付き合っていくか。

自分の癖を知るというのは、
自分を変えるためだけではなく、
自分の扱い方を少しずつ知っていくことなのかもしれません。

まだまだ、悪意のある一言にはやられてしまうけど。

それでも、
「ああ、また私の癖が出ているな」と気づきながら、
今日も何とか乗り切っています。


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