沢山のサービスやブログの中から目に留めてくださった方、ありがとうございます。
Mamikichiと申します^^
ココナラでサービスを出してみようと思い立ったのが、ちょうど1年前。
もともとマイペースな性格もあって、気づけばサービスは出したまま、待機もほとんどできずじまいで新しい年を迎えていました。
当然ながら実績はゼロ。
今さらながらその事実に少し苦笑しつつ、「まずは私を知っていただこう」と思い、ブログを書くことにしました。
2025年、へびの年は、私にとってここ10年の総まとめと言ってもいいくらいの、なかなかヘビーな年となりました。(ダジャレになっちゃった!)
その中でも、一番象徴的だった出来事が「父との別れ」です。
父とは長年の行き違いから、ずいぶん前に連絡を取らなくなっていました。
博識でユーモアがあり、同時にとても繊細で不器用な人でもありました。
家族として向き合うことの難しさを、長い時間かけて学ばせてもらった存在だったと思います。
寂しがり屋で、誰よりも愛や居場所を求めていた父。
家族は振り回されることばかりでしたが、父の心の叫びは痛いほどに、いつも母や私たち兄弟を引き留めて離しませんでした。
私は下とそこそこ年の離れた第一子だったこともあり、子どもながらに
「なんとかして父の苦しみに手を伸ばしたい。母の力になりたい。そして、いつか普通の家族になりたい」
そんなことばかり考えていたように思います。
でも、人の心は難しい。
長い時間をかけて心を尽くしても、分かり合えないすれ違いってあるんですよね。
母が亡くなったあと、とある出来事をきっかけに、私は父との連絡を絶ちました。
それほどに、価値観の相違は埋められなかったからです。
ここで変われないなら、私にはもうお手上げだと思った。
力及ばず、母の最期の願いも叶えてあげられなかった。
でももう、私は私の人生を守る。ちゃんと幸せになる。
たとえこれが最後でも、覚悟のうえで父とは別れよう。
会えずじまいで終わったとしても、最期だけはしっかり見送ろう。
そう決めました。
一番ひどいとき、実家は雨漏りのするような借家に住んでいました。
長い暗闇を抱えざるを得ない、おいそれと人には話せないような出来事もありました。
それはDVだ、毒親だ、機能不全家族だ――
そうひと言で表してしまえば簡単です。
でも、世の中に沢山あるであろうこの悲しく重い繋がり合いを、一つの強い言葉でまとめてしまうことに、当事者として少し躊躇いも感じています。
この世界には、人それぞれの辛さがあります。
常に命の危険にさらされている方も沢山おられます。
私の考えを甘いと感じる方がいらっしゃるかもしれませんし、それを否定するつもりもありません。
ただ私は、同じパターンを繰り返す父や母を見ながら、
「どこで道を誤ったのか。そのきっかけはどこにあったのか。そして、今のベターは何なのか」
ということを、いつも考えていました。
そしていつしか、
人は本当はどうありたいのか、何を求めているのかを、ちゃんとわかっているのではないか。
でも渦中にあると、自分の本音にたくさんの鎧を着せてしまい、シンプルな気持ちが見えなくなるのではないか。
そう思うようになりました。
母が、今際の際に言った忘れられない言葉があります。
「こんなに優しくしてもらえるなら、もっと生きていたいと思うよね」
幼少の頃から周りのお世話ばかりして生きてきた母の本当の願いは、
「もっと愛してほしかった。私を見てほしかった」
ということだったのではないかな、と今は思います。
それほどにシンプルなことを、人は求めてやまないのかもしれません。
そして、もう生きて二度と会うことのできなくなった父の願いも、
「どんな自分でも愛してもらえる居場所が欲しかった」
これに尽きるのだろうと思っています。
生きていれば、いろんな出来事があります。
大人になれば、気持ちにいろいろな武装をしなければ耐えられないこともある。
それでも、自分の本音まで見失わずにいること。
ハートが芯から求めているものを、自分だけはわかっていること。
それが、オーダーメイドの安息や幸せを実感するための「羅針盤」になるのではないかと思っています。
私がココナラに出品してみようと思ったのも、そんなお手伝いができたらいいなという、ささやかな希望からです。
占いというカテゴリーではありますが、カードは本当に不思議なもので、いろいろなことを象徴として浮かび上がらせてくれます。
私自身、心の棚卸しのために日々カードを引いていますが、今でも「なぜこんなに繋がるのだろう」と不思議に思うことばかりです。
カードの神様、ありがとう、と。
2026年も、マイペースな歩みに変わりはありませんが、
繋がるご縁を大切にしながら活動していこうと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。