「うまくできなかったらどうしよう」
新しいことに挑戦するとき、どうしてもそんな不安が頭をよぎりますよね。
やってみたい気持ちでいるはずなのに、自信が追いつかない。
失敗したらどうしよう。
期待外れって思われたくない。
そんなふうに考えているうちに、挑戦したい気持ちまで小さくなってしまうことも。
本当にこわいのは「失敗」ではなく、やってみたかったのに動かなかった自分をずっと引きずることなのかもしれません。
ダサい自分と出会えた経験こそ宝物♡
実は私、ご縁あって今度地元でスポーツ教室を開きます。
もちろん、不安はあります。というか、不安しかないですね(笑)
ちゃんとできるかな。
うまく教えられるかな。
そもそも人は来てくれるのだろうか?
やってみます!と勢いよく引き受けたものの、考えるのはそんなことばかり。
でも、もし「失敗」を恐れてやらなかったら、その後にはどんな感情が待っているでしょうか。
ああ、引き受けなくて良かった。
これで失敗することもなければ、傷つくこともない...
そんなふうに思えるものでしょうか。
傷つきたくない、失敗したくないから挑戦しないという選択は、
自分で自分の可能性にふたをしてしまう行為と変わりありません。
全力で向き合った結果、うまくいかなかった。
思ったとおりに行かなかった。
そんな「ダサい自分」は正直、かなり恥ずかしいものです。
でも、うまくいかなかった経験って、あとになって振り返ると不思議なくらい自分を強くしてくれる。
本気で取り組んだ人にしか見えない景色があるし、本気で転ぶことで学べることもあるのだと思います。
だから、まずはこのような経験を与えてくださったことに感謝を忘れずにいたいですね。挑戦させてくれてありがとです!!
中途半端にやった後悔は長く残る
過去、私を苦しめたのは「やらなかった後悔」や「中途半端でやめた経験」でした。
なにかを諦めようとするとき、保険をかけたくなることってありませんか。
まあ本気じゃなかったし。
きっとタイミングがわるかった。
他にやることもあるから仕方ない。
逃げ道をつくっておくことで、楽になれる気持ちもあります。
でも、心のどこかで「もし挑戦していたら...」「まだやれたんじゃないか」と思ってしまう。
中途半端に終わった挑戦って、傷は浅いかわりに心には長く残り続けるものなのかもしれません。
逆に、全力でやりきった経験はたとえ転んでも不思議と前向きに捉えられるはず。
あの時、本気だったな。
そう思える経験は間違いなく自分の土台になることでしょう。
さいごに
もし今、あなたが「うまくできるか不安」と感じることがあるのなら、それはきっと前に進もうとしている証拠でしょう。
人は興味がなかったり、全く自信のないことにはそこまで悩みません。
だからこそ、その不安を「自分はダメだから」と捉えるのではなく「本気のサイン」として受け取ってみるといいのかもしれませんね。
一度きりの人生。共にたくさん挑戦していきましょう。
いつもお読みいただきありがとうございます🌸