「来るものは拒まず 去る者は追わず」
いつもそのような心持ちでいられたら、どんなに楽でしょうね。
↑平井 堅『いつか離れる日が来ても』(2008年)
このMV、宮沢りえさんがとにかくめっちゃ可愛いので
前半の3分位、歌詞一番の部分だけでも是非ご覧ください!
二人は両想いの恋人。
男性側の心情を歌った曲。
今、すごく相手が大切で幸せで、その分相手を失う怖さを思うと苦しくなる。
MV内ではそのような設定のようです。
とっても素敵なバラードです。
が・・・
「え、(平井堅の役どころに対して)情緒大丈夫?」
「宮沢りえ、めっちゃ幸せそうやん?全然不安がることないよー、今の幸せを満喫しなよー、もったいないじゃん!!」
・・・なんて思ったりもして。
ですが、なんとなくわからないでもないです。
人間、ある程度の年齢になると(人によっては早い段階でも)誰でも何かしらの「喪失体験」はあるものです。
友人知人・家族親族・恋愛・モノ・場所・環境・健康・住居・仕事・「推し」的な何か、いつも見ていたテレビ番組・・・
ずっと続くと思っていたものでも、いつかは何かが変わっていきます。
私の実生活で、めちゃめちゃ明るい同世代の親友がいるのですが。
そんな彼女ですら近年は生活の変化に伴い、噛みしめる思いが出てきたらしく
友人「・・・なんだっけ、あの、そういうのを表す四字熟語・・・?」
私「うーん、諸行無常??」
友人「そう、それそれ!!」
等という事を言い出します。
ある程度、自然の摂理です。
私が小さい頃、初めて親戚の葬式というものに参列した後。
一応記憶があるという事は小学校低学年位でしょうか。
両親間で、私の参列態度を話し合っていたらしいです。
オカン「この子は全然悲しがっていない、人として大丈夫か?」(意訳)
オトン「そんな事はない!この子は物凄く感受性が豊かだ、誰よりも悲しんでいる!何故それがわからない?」(意訳)
えーっと、どちらも正解ですかね・・・?
だって、あまり会った事のない親戚でしたし。
悲しいと思ったかと言われると。。?
葬儀でも、知らない親戚の子と会えた事が嬉しかったり。
でも子供なりに「普段とは違う事が起きてるのだな」とは強く思いましたよ。
(優しいオトンよ、ありがとう。。)
その時は「喪失」というよりは「順番」という感覚だったかと思います。
年を重ねるにつれ、予期しない喪失体験は容赦なく襲ってきます。
それにつれて、
(実家の)家族でデパートで買い物。服買ってもらって美味しいもの食べて。
めっちゃ楽しい。あと何回行けるのかな・・?
仲間と飲み会。めっちゃ楽しい。このメンバーで、あと何回出来るかな・・?
考えてもどうしようもないことを考え出したりします。
お別れの挨拶が出来るお別れは、寂しいけれどまだいいものです。
感謝を伝えて、思い出を振り返り、今後のお互いを激励しあい、連絡先を交わしたり、会う機会は減るけどこれからもよろしくね、という関係でいられれば。
そう考えると、卒業式や送別会等の行事って大切な区切りだと思います。
また、例えば学校とか、期間限定の仕事等なら
「この人との密な付き合いはこの期間まで」というのが最初から分かりますから、その間は心おきなく時間を共有出来ます。
挨拶も出来ない、突然のお別れは寂しいです。
またそのうち会えるだろう。そう思っていたならなおさら。
相手には相手の事情がある。それは頭では分かっているのですが。
思い出ごと切り捨てて、サクサク次の環境に進めばいい。
その先には、また新しい出会いがある。
変わるのは悪い事ではない。むしろ新陳代謝、良い事。
それも一つの正しい考えですが、
人間の過去ってそんな「ダルマ落とし」のようにスコーンと落とせるものでもないでしょう。
もっと、地層のようなものなんじゃないかな・・・?
かといって、
「♪昔は良かったねと いつも口にしながら 生きていくのは 本当に嫌だから」
うん、そうだよね、「♪どんなときも」byマッキー。わかるよ。
過去を反芻してばかりで今を生きないのはもったいないよ。
人間関係ならば、深入りしなければいいのでは?
ビジネスライクに徹して。
そうすればお別れも辛くないでしょ。
でも、それはそれでなんだか寂しいね。せっかく出会えた縁なのに。
ではどうすればいいんだい・・( ・×・)??
あ、そうだ。
あるドラマのワンシーンにヒントがあった💡💡
【名作✨NHK朝ドラ「カーネーション」】
(2011年放送 その後再放送2回)
※実在の有名ファッションデザイナー「コシノ三姉妹」のお母様(自身もファッションデザイナー)をモデルにしたフィクション作品です。舞台は岸和田。
※「普段朝ドラを観ない」という方でも、「コシノ三姉妹」の存在はご存じでしょう。
長女:コシノヒロコさん、次女:コシノジュンコさん、三女:コシノミチコさん。
《対象の回:週タイトル「悔いなき青春」》
主人公の娘三人はそれぞれ独立・活躍し、ある年のだんじり当日。
たくさんの人々が主人公宅に集まります。
当時の主人公の年齢が50代か60代か、その辺。
主人公・糸子役を演じる尾野真千子さんのラスト出演回です。
(その後は晩年に入るため、役者さんが夏木マリさんに交代)
主人公・糸子と
糸子を思う、腐れ縁のビジネスパートナー的男性、北村(演:ほっしゃん。)(※)の会話。
※こんなシーンです
《夜、だんじり祭りの余韻を階下に見下ろしつつ、2人で飲みながら洋裁店舗兼・糸子自宅2階で話している》
《北村は先日、ビジネスの誘いと称して(プロポーズを兼ねて)糸子を東京に誘っていたが、糸子はその誘いを断る》
(以下、録画より書き起こし・・太線部分:主人公・糸子のセリフ)
(略)
糸子「考えたんやけどな・・やっぱし うちの土俵は東京ちゃう。ここや。
極楽も地獄も、全部(ぜーんぶ) この窓から見てきた。うちの宝は 全部(ぜーんぶ) ここにある。」
北村「・・・(ハァ)・・おばはん、分かっちゃあるけ?お前もう大概年やど。」
糸子「うっさいなあ。人の事言われへんやろ。」
北村「ほうよ。お互いこの先 なくしてばっかしじゃ。お前が言うちゃあた宝かて どうせ 一個ずつ消えていく。人かて みんな 死んで行くんじゃ。」
(階下にて、ご近所さん達や仕事仲間達が楽しく酌み交わす映像カットイン)
北村「お前 ここに いちゃあったら、一人で それに耐えていかなきゃあかんねんど。しんどいど・・・ほなもん。」
糸子「はっ・・・へたれが。」
北村「はあ?」
糸子「ほんなもん 分からへんやろ。」
北村「何がじゃ。」
糸子「そもそもやな『なくす なくす』て 何 なくすねん?うちは なくさへん。相手が死んだだけで な~んも なくさへん。」
北村「はあ?」
糸子「(ニヤリと笑って)決めたもん勝ちや。」
北村「何 言うてんねん。」
糸子「へたれは へたれで泣いとれ。うちは 宝抱えて 生きていくよって。」(窓の外を見つめる糸子)
この先、何かを失ったと感じても、、
「宝抱えて 生きていく」
その方針で行こうと思います。
ついでに、宝じゃないものは容赦なく捨ててしまいましょう。
どうしても消せない思いは、無理やり宝にしてしまいましょう。
あるいは、レンタルトランクルームにでも入れておきますかね。
うん。そう思うと何だか正体のない不安が軽減しますね。
ヘタレだし、泣く時は泣くと思いますけどね。
”いつか離れる日が来ても”
なんも、なくさない。
カッコいいから真似しちゃお。
「決めたもん勝ちや!」
(ドラマ主題歌です 椎名林檎「カーネーション」🍎)
★(朝ドラ興味ない人はこの部分とばしてネ♪)★
「カーネーション」本放送時に観た時と、昨年再放送していた時では10年以上たってますから、最近観た方が自分の加齢加算でw上記のシーンは沁みましたね。。
3回観ましたけど名作すぎる!!
(※)「朝ドラあるある」⇒実在の人物のモデルを2つの役に分散させる。
(その逆もありで、複数の人物モデルを一人の役にする事も)
主人公のモデル・小篠綾子さんの「内縁の夫」は、
「不倫要素強め」⇒綾野剛演じるところの「周防さん」
「くされ縁・家族ぐるみの付き合い・ビジネスパートナー要素」
⇒ほっしゃん演じる所の「北村のおっちゃん」
と、2役に分けた模様。
(綾野剛の長崎弁による「おいもすいとーと」に鼻血でた人、是非お電話ください。小一時間語り合いましょう笑)
★大歓迎、朝ドラガチ勢!!★
以上、お読み下さりありがとうございました💛
ちゃば☘️茶葉