キャリアの歩み方|筋の、見えかた

キャリアの歩み方|筋の、見えかた

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学び
おはようございます。2級キャリアコンサルティング技能士|合同会社たお代表の工藤でございます。今日のテーマは、「筋の、見えかた」についてです。

一つの資格に合格した後、次の資格や、次の学位、次のスキルへと、目標を移していく人がいます。まるでゴールにたどり着いた瞬間に、また新しいゴールが目の前に現れるかのようです。学び続けている人にとって、本当のゴールは、どこにあるのでしょうか。

無知の知であるということ

学びを深めるほど、自分がまだ知らないことの多さに気づかされます。心理学者クルーガー氏とダニング氏による1999年の研究では、能力の低い人ほど自分の能力を正確に評価することが難しく、実際よりも高く見積もる傾向があることが示されています。そして、訓練を重ねて能力が向上した人ほど、逆に自分の理解の足りなさを正確に自覚できるようになった、という結果も報告されています。学びを深め、理解が進んでいくほど、自分の理解の足りなさにも気づけるようになる、ということなのかもしれません。

この感覚は、古代からも語られてきたようです。プラトンが著した対話篇『ソクラテスの弁明』の中には、ソクラテスの言葉として、自分には、まだ知らないことがあると知っている(無知の知)、という趣旨の考え方が示されています。時代を超えて、学びを深めた人ほど、自分の知らなさに気づいていく、という感覚は、共通しているのかもしれません。

ゴールの正体とはいったい何か

では、私たちが目指している「ゴール」とは、一体何なのでしょうか。

私は、「ゴール」と呼ばれているものの正体は、実は「その時点で、自分がどこまで進んだかを確認するための、区切り」なのではないかと思います。ゴールという言葉には、そこに着いたら終わり、というニュアンスがどうしても含まれてしまいますが、実際に、資格に合格したり、学位を取得したりした後も、新しい学びに向かう人がいることを考えると、それは「終わり」というより、「これまで積み重ねてきたものが、確かにここまで届いていた」ということを、本人にも周囲にも示す、確認作業に近いもののような気がします。

竹に例えるならば、節と筋

竹には、成長の節目となる「節」という横向きの継ぎ目と、その節目を貫くように、もとから途切れることなく伸びている「筋」と呼ばれる縦の線があります。竹の節目にたとえるなら、節目は、そこで成長が止まったことの証ではなく、逆に、そこまで伸びてこられたという証です。そして、節目があるからこそ、次にどの方向へ伸びていくかを、自分で選び直すことができる。ゴールも、それに近いものなのかもしれません。到達点というより、次にどこへ向かうかを、自分自身に問い直すための、通過点のようなものだと、私は思います。

おわりに

資格や学位という一つのゴールに近づくたびに、私たちは、自分がまだ知らないことの多さに気づかされます。そしてまた、次のゴールへと向かっていく。その繰り返しは、終わりのない道のように見えるかもしれません。けれど、竹が節目を重ねながら、まっすぐに伸びていくように、一つひとつの節目は、決して無駄なものではなく、ここまで歩んできた自分を確かめるための、大切な証になっています。そうして振り返ったとき、これまでの学びや経験の中を、もとからずっと貫いていた自分自身の筋が、はっきりと見えてくるのだと思います。だからこそ私は、これから先も一つひとつの節目を大切にしながら、自分自身の筋を見つめ、また次の一歩へ進んでいきたいと思っています。

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出典
Kruger, J., & Dunning, D. (1999). Unskilled and unaware of it: How difficulties in recognizing one's own incompetence lead to inflated self-assessments. Journal of Personality and Social Psychology, 77(6), 1121–1134.
プラトン『ソクラテスの弁明』(ソクラテスの「無知の知」的な考え方の出典として、対話篇に基づく後世の解釈である旨を明記)
竹の節の役割とは | 長岡銘竹(竹の「節」=横向きの継ぎ目、という構造の説明)
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