「トラウマ」という言葉を昨今よく耳にするようになりました。
カウンセリングを受ける人の中には、トラウマに苦しんで相談に来られる方も多いことでしょう。
さて、ここでトラウマとはどういう意味なのかを調べてみると、「心身の安全が脅かされるほどの強いストレスや恐怖を伴う出来事によって心身に残る反応」とされています。
例えば、「お母さんに殴られた」という事があったとしましょう。
それは、今も起きていることでしょうか?
今、ここで起きているのは、「カウンセラーと過去についてお話をしている」ことです。
したがって、「お母さんに殴られた」という出来事はもう過去のことになります。
今起きていることではありません。
「こんなにつらい体験はこの子にはさせたくない」と、ある親御さんが言ったとしましょう。
果たして、お子さんは、親御さんが体験したことを、親御さんと同じように「こんなにつらい」と感じるでしょうか?
それはあくまでも、その親御さんの体験に過ぎないことになります。
どんな出来事であっても、それはその人自身のフィルターを通して体験されることなので、一つの出来事に対してどのように感じるかは、結局のところ、その人自身にしか分かりえないことであり、その人自身が感じたことに過ぎないのです。
ですから、「トラウマ」と言われるような体験も、その人がその時に感じたことによって、その人自身が「トラウマ体験」と捉えたら、トラウマ体験になるのです。
人は意味あるものを作りたがる傾向があります。そして、欠落した部分を補おうとします。
人は、きっと意味を見出して納得したい生き物でもあるのでしょう。
「分からないものは分からない」と、そのままにしておくことが難しい生き物でもあるのでしょう。
「分からないものは分からない」としておくことが、なぜ困難なのか?
それは、不安があるからなのだと思います。
「分からないもの」「得体がしれないもの」は形がなくハッキリしないものなので、何だか不安な気持ちに駆り立てられますよね。
なので、意味を作り出したり、形ある何かを見出すことで、私たち人間は安心したいのかもしれません。
もう一度言いますが、私たちの身に起きている出来事は、自分のフィルターを通してこの世界を見ることになります。
トランプ大統領が、「戦争は利益になる」と思って、戦争を起こしていたとしたら、トランプ大統領にとっては、それは「正しい行い」をしているということになります。
しかし、「戦争は間違っている」というフィルターで戦争が起きている出来事を見ている人からしたら、「誤った行い」をトランプ大統領はしているというように捉えられます。
「戦争」というひとつの出来事を切り取っても、如何様にも捉えられるのです。
したがって、「トラウマ体験」と捉えるか否かも、その人次第なのです。そして、それは大抵過去の出来事であり、今目前に起きていることではありません。
そして、トラウマ体験から離れていくためには「目を開けて現実を見ること」です。