我々は、神の分割された魂である

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コラム
神は全知全能の存在である。完璧な存在である。全ての時空、全ての次元、全てを統べる存在である。
神は完璧で、最初から完成された存在である。完璧で完成された存在であるがゆえに変化がない、成長がないのである。しかし、変化がない、成長がない存在というのは、面白くない。そこで神は自らの魂を分割することにした。完成されたものを、あえて分解して、不完全なものにしたのだ。
分割された魂は、自我意識も希薄化し、記憶も能力も大元の神からは著しく劣る者となった。しかし本体の神の根底には、また散らばった魂を回収して元通りになるというプログラムがあるので、また神に立ち返る者は、完璧で完成された者に近づくことになるのである。
恐怖や不安や欠乏感といった負の感情は、全知全能の神には、知りえない感情である、なぜなら全てを知っていて、全てができる存在は、恐怖することも、不安になることも、欠乏を感じることもできない。しかし、恐怖や不安を知ららないということは、全てを知っているとは言えない。だから、あえて自分の魂を分割し、知らない、わからない、不安、という感情や感覚がわかるようにしたのだ。同様に、すべてができる存在は、殺されるとか、負ける、とか、絶望する、といったことも、「できなければいけない」ので、自らの能力をあえて劣らせて、殺される、負ける、絶望する、ということを経験できるようにしたのだ。つまり、こういった全ての負の経験、負の感情、それら全てを分割された魂に経験させることで、魂を回収して統合したときに、全知全能の神が完成することになる。我々はそのアーカイブとなるのだ。
ここまで読んで読者はこう思うだろう、「なるほどな、理屈は分かった・・ただ俺は(私は)神のプレイするシミュレーンゲームのバッドエンドルートを埋め合わせるために存在しているのは嫌なんだよ、結局それで神が満足しようと俺が(私が)苦しいのは変わらないのだから、そんな話をされても、なんのプラスにもなりゃしないんだよ!」ってね。
だから神のために働きなさい、神に奉仕しなさい、というのは、そういうバッドエンドルートにあてがわれないために、そうするわけです。グッドエンドルートを経験する魂は、神の目的に合致した働きをする魂です。神のしもべというのは、本体から報酬を得るために働いているわけだから、当然にして報われるわけです。
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