人間は、基本、損得勘定でしか動かない生き物です。だから、私がいくら神様の教えに従って生きなさいと言っても、うるせーよバーカwで終わってしまう話なんですよ、なぜなら自分にとって得にならないと思っているからです。
なんで、わざわざ守らなくてもいい教えを守って、いろいろ我慢して生きなきゃならんのか、と皆さんは思っているはずなんですよ。現実が物語っていますよね、周りを見ればわかります。
でもね、あえて言わせてもらうなら、神の教えに従って生きるのは、損じゃなくて得なんです、別に精神的な勝利とか、逆転の発想とかそういう小難しい話じゃないですよ。悪魔に従って生きるのは、1万円もらって喜んで、あとで2万円ぶんどられるようなもんなんですが、神に従って生きるのは、最初1万円もっていかれるけど後で2万円もらえますよ、ってくらい単純な算数の話でしかないんです。悪魔に従うのは、+1万ー2万=-1万ですが、神に従うのはー1万+2万=+1万、なわけですよ。だから算数が理解できれば、神に従ったほうが得だということがわかりますよね。
まあ、これは厳格なキリスト教徒が聞いたら、そういう打算で動くもんじゃないんだ!とか怒られそうですけどね、でも実際、利害でしか人間動かないですから、きれいごと言ってもどうしようもないでしょ、って話です。
この世で悪魔に従い、快楽をむさぼって生きても、せいぜい地上で楽しんで生きてられるのは100年程度ですよね、で、そのあとは、永遠ともいえるほど長い時間を地獄で過ごさなきゃいけないんですよ、どう考えても損ですよね。
でも神に従って生きたなら、地上で長くても100年、つつましく生きれば、その後は永遠ともいえるほど長い時間を天国で安楽に暮らすことができるんですから、どう考えても得ですよね。
でも、我慢し続けて生きるなんて無理だ!だって人生は長いんだ、いくら、あの世でいい目にあえると言っても、我慢し続けるのは耐えられない、って思うかもしれないけど、できない我慢じゃないんですよ、むしろ軽い荷を取りなさいとイエスも言ってるように、重荷じゃない、軽いんです。
仏教みたいに、肉食うな、殺生するな、って、できない無理難題をふっかけていないですからね、肉を食ってもいいし、食べるために殺すのも許可されてますからね、キリスト教では。だから私も、以前は一時期、ビーガンやってましたけど、今では普通に肉をもりもり食ってますからね。