剣を持つ者は剣に倒れる

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コラム
私はイエスの直弟子の中で、ペトロが特に好きなんですけどね、彼はイエスが「私はもうすぐ司祭、律法学者、民衆に捕らえられ殺されることになる」と告げた時、「そんなことがあってはなりません!」と言うのですが、その時にイエスに「下がれサタン!あなたは神のことを思わず人のことを思っている」と叱責されてしまいます。このときのペトロの気持ちを想像してみてください、たぶん、彼は混乱したと思います、自分の師に死んでほしくない思いから言ったのにサタンと呼ばれて拒絶されたのですよ。それでも、ペトロは、イエスが捕らえられようとしているときに、勇敢にも腰に携えた剣を振り上げて、敵に切りかかっていきます。しかしそのときイエスはこのように言っていさめました、「やめよペトロ!剣を持つ者は剣に倒れる」この言葉は、まさに言葉のとおりなのですよ。いかなる武力、いかなる暴力も、自分に返ってくるということなんですね。なのでそういう蛮勇は意味がない。強くするのは、あくまで自分の心、自分の信仰心、神への愛、それだけなんです。なのに現代人は(というか過去の人も含めほぼ全ての人が)物理的に強くありたいと思っている。
体を鍛えて、武術や拳法を習い、武器の扱いに長けている者が、強いと、そう思われている。でも、彼らは強くない。信仰心のない者の物理的な強さは意味が無いのです。格闘技の試合なんかも昔はテレビでよく見てましたけど、今ではお笑いです。山本キッドも猪木も、死んでしまいましたよね、彼らは強かったはずなんじゃないんですか?でも、結局、病気で死んだ。他にも、スポーツ選手、オリンピック選手、一般的には強いと思われている人たちが、近年、山ほど死んでますよ。悪に立ち向かうのに暴力は必要ない、イエスの弟子は、ほぼ全員、捕らえられ処刑されましたが、神はその心の強さを知っています。神はこのように言っています「全ての人と平和を保ちなさい」つまり悪人であっても、平和を保たないとダメなんです。天草四郎ひきいる一揆集も、暴力で自分たちの境遇を変えようとしましたよね、だから悲劇的な結果となったのですよ、そもそも事の発端は、領主がデウスの絵を焼き捨てたことに憤慨した民衆が領主を殺してしまったことなんで、「殺すな」というモーセの最初の教えを破って、我らこそは神の民だと、よく言えたものだと思いますね。
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