今までに生きてきて、周りから怒られたり責め立てられたりする理由のほとんどは、仕事ができないとか、無職だとか、金を持ってないとか、支払いが滞っているとか、そんな程度の理由が大半だと思う。
逆に言えば、しっかり働いて仕事して、支払いもしっかり済ませていれば、特に世間から責め立てられたり怒られたりすることは無いのだ。
「どうしてお前は信仰心が無いんだ!」「なぜ、神に背くのだ!」と怒られているのを目の当たりにしたことは、私は40年以上生きてきて一度も経験したこともないし、見たこともない。
今の時代、信仰のために命を捨てたとしても、それは賞賛に値するどころか、逆に、「洗脳されていたんだ」「宗教カルトって怖い」「信仰のために死んだのかwごくろーさんw」みたいに馬鹿にされるくらいのもので、飲みの席の話のネタになるくらいで、命をかけても、嘲笑のネタにこそなるが、決して心を動かすことには、なりゃしないのだ。これが、どれほど異常な社会かわかるだろうか?
善が悪になり、悪が善になる。白が黒になり、黒が白になる。
価値観や概念が逆転してしまう、そういう異常な社会になることを、パウロや預言者イザヤなど、聖書の中の登場人物は警告していた。
この世というのは、もともとそういう所なんだよと。そう彼らは教えてくれたわけです。私も子供のころから、常に違和感を感じて生きてきた。
それでも、無理やりに、価値観も概念も周りにあわせて生きていかなければならないんだと自分の心の奥底にある、「おかしい・・」という感覚を押し殺して生きてきた。
この世の終わりには、人間の罪が極まって、これ以上腐る所がないというレベルまで腐り尽くす必要がある。そして最後には、この世そのものが裁かれるのだ、つまり、この世の消滅だ。それがもうすぐ起きる。そのとき人間は人類史上誰も味わったことのない恐怖と絶望を感じるだろう。
だが、神を信じる者は、ああ、ようやくこの世が終わり、苦しみが終わるのかと安堵するのである。