よく、ドラマや映画で、教会で神父や牧師に、信者が罪を告白するシーンなどがありますが、あれはしなくていいです。
神父や牧師だって、他人の黒歴史なんて聞かされたくはありませんよ、それに牧師や神父だって、今の時代、まっさらで潔白な人間まずいません。
また、親に言う必要もありません。罪は、天界に存在しておられるヤハウェとイエスに告白しなさい。当然、我々の全ての行動はおろか心の中まで全てみられているので、我々が何をしたかなど、彼らは全てお見通しです。
なので、罪を告白しなくても、最初から神はその罪を知っておられますが、罪を告白し、悔い改めることで、神との関係を深め、信仰心を強めることができます、ですので、心の底から、実際に神が存在すると信じて、天界に実際に存在する神に、罪を告白し、悔い改めるということをしましょう、すぐには変化が起きなくても、徐々に変わります。
もう罪を犯さないと神に誓ってはなりません。誓ってはならない理由は、過去記事でも説明しましたが、どうせ誓ってもすぐ過ちを犯すからです。そしてまた罪悪感にさいなまれる、なので人は神に誓いを立てることができるほど強くもないし完璧でもないので、誓ってはならないのです。
形式的に、表面上でやるのではなく、心の底から、天界の存在に意識を向けて罪を思い出しながら、あの時は自分の心の弱さゆえ罪を犯してしまいました、申し訳ございません、許してください、と懇願しましょう。
これは意味のあることです。罪を罪と自覚してない人間は、こんなことできませんから、これをできる人間は、まだ救われる可能性が高いといえます。
でも、罪を罪と自覚してない人間は、罪のうちに死んでいき地獄へ行くのですよ・・・「俺は何も悪いことなんかしてない!」と言い張る無自覚な魂は地獄の火で焼かれて反省する必要があるのです。だって、そこまでされなきゃ罪が分からないんですから。