イエスのたとえ話の中に、こういう話があります。ある金持ちの男が、食糧を貯える倉庫に、めいっぱい食糧を入れました。倉庫がいっぱいになってしまったので、金持ちは、「倉庫がいっぱいになった、もうひとつ新しい倉庫を建てて、そこにもめいっぱい食糧を貯えよう」で、それを天界で聞いていた神様が「愚かな男よ、お前の命は今夜、私が取り去ってしまうというのに、死んでしまったら、その倉庫も食料もなんになるというのか」
この話を聞いて、あなたどう思いましたか?「神様はひどいやつだな、食料を蓄えることの何が悪いのか、備えあれば憂いなしだろうが、それにこの男は何も悪いことはしてないだろうが!」とこう思うのでしょうね、一般人は。
この話の言わんとしていることは、必要以上に物を蓄えるな、必要以上に備えようとするな、ということと、そもそも必要なものは、その都度、神様が与えてくれるから、過度に不安になることはない、っていうことなんですよ。
だから金や物を蓄えるのは、神を信じてないから、そういう物質的備えに走るわけですよね?そうするとたぶん、こういう反論もあるかもしれません。
「でも、だからといって命を取られるほどのことはしてないだろう?」
「人の命は何より尊いのだから」とかなんとか言いますかね・・でも聖書にはこう書いてます「地上の人間は虫けらに等しい」と。
なので虫けらがこざかしく生きようとしても、結局は殺されますよ、っていう無情な現実を教えてくれてるわけですよ。だから、神から憐れみを受けなければ生きていけない。なぜ神を無視して自分の力で生き抜けると思うのですか?
世界滅亡に備える人たち、ブレッパーズと呼ばれる人たち、サバイバルの達人、彼らは神を信じず己を信じて、いろいろ蓄えてきた・・長期保存できる水や食料や燃料、あるいは知識、技術、鍛え抜かれた肉体と不屈の精神、人脈、さあこれでもかと備えて備えて、あっけなく散っていく。なぜだと思いますか?
彼らは備えてこなかったからです。本当に備えなければいけないものは、汚れなき純粋な魂、磨かれた魂、信仰心、そして神への愛であるということ。誰が備えてますか、この終末の時代に。神なき世界に。