人は結局、何かを信じている

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コラム
「神なんて俺は信じないよ、俺は何も信じない・・」ちょっと中2病入ってる人が言うセリフです。
「いや、俺は自分だけを信じるんだ」
「科学を信じる、現実主義者なものでね・・」とか、いろいろ。
まあ、「何も信じない!」と言ってる人は、私は男でもあり女でもある!とか生物でもあり無生物でもある!とか言ってるのと同じように、無茶苦茶なことを言ってるんですが、それに本人は気づいてないのか、単に「俺は何も信じない・・」というセリフを言いたいだけなのではないだろうか。
神を信じないということは、逆に言えば、神がいないと信じているわけです。
科学を信じる、科学者の言うことを信じているわけです。
自分を信じる、・・あなたは神をも上回る存在か?まさに天上天下唯我独尊。

では、なぜここまで、信じることを拒否するのか。答えは簡単で、
信じる者がバカを見る、とか信じる者は救われる、んじゃなくて足元を掬われるんだよ!ぎゃははは!みたいな、そういう意地悪な思考が根底にあるからなんですね。善人がバカを見ればいい、純粋な者が理不尽に踏みにじられればいい・・と心のどこかでニヒルに思っているから、俺はそんな馬鹿な目に合わないぞ!と勇んで、「はっ!神なんかいねーんだよ!」「信じたい奴だけ信じとけよ、うるせーな」とこうなるのです。
結局はこれは、恐怖の裏返しですよね、自分は賢い人間なので騙されない、騙されるものか・・しぶとく生き残って、他人を出し抜いて、多少汚いことをしてでも、生き抜いてやるんだ・・というような思考だ。

神がいるというなら目の前に現れてみろよ!と、こういう人もいるかもしれませんが、残念ながら、それは絶対にないでしょう。(というか、なぜ神に対してここまで居丈高なのか・・もう中2病患者はいい加減卒業しましょう)
イエスはこのように言いました、「私を見たから信じたのか、見ないで信じる者は幸いである」我々は見ないで信じる者にならなければならない。
そうすれば、神を直接見た者より「幸いである」のだから・・。
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