もしあなたが、神の声を聞いてみたいと思うなら、聖書を読むべきだ。
神の言葉は、すべて聖書に書いてあるからだ。それが神の声である。
いや、そうではなく、神の「声」が聞きたいのだ、というのであれば、それは
この世では、おそらく無理だ。この世というフィールドでは、神の声を直接聞くことも、神の姿を直接見ることもできない。それは我々が、魂だけの存在となった時、できることであり、この世が終わった後のお楽しみである。
私も全てを知っているわけではないので、ひょっとしたら神様とチャネリングみたいなのでテレパシー会話ができる人も、いるのかもしれない。
だが、だいたいそういうスピ系の人たちは、宇宙の高次元の意識体や精神体がどうのこうの、宇宙の始まりの存在であるグレートアトラクターがどうのこうの、神はプレアデス星団のアルシオネ星からいらっしゃった・・だのなんだのかんだの、いやいやいや、そもそも宇宙空間という悪魔が作り出した単なるイメージの世界を、実際にあるものと認識している時点で、なんもわかってないじゃん・・彼らこそ「盲人の道案内をする盲人」である。彼らについていっては、彼らもろとも地獄へ行く運命であろう。
神は、このように言っている「聖書を手に取って読んでみるがいい、聖書には欠けているものは、何一つない!」そういうわけで、欠けているものは何一つないのだから、神の声を聞けなくても、聖書を読めば神の意図は伝わるはず。
イエスはもちろん、歴代の預言者たちも、神の代弁者として、一般人に神の真意を伝えようとしたのだが、一般人には伝わらなかった。
「いやいや、お前らはただの人間だろ?俺たちと同じ、ただの人間なのに、偉そうに神の代弁者きどりか?ふざけんなよ」とこう一般人は言うわけだ。
神を目の前にしても、こう言うくらいだから、もう一般人に何を言っても無駄なんだなと、神が完全にあきらめたなら、ノアの時代の大洪水のように、人は全て滅ぼされる。だが、神はまだ地上を滅ぼさない、まだ、ごくごく一部の人間だけは、神に立ち返ることができると信じているからだ。