もし、聖書が、単に教訓や教育のためのものであれば、守りたい奴だけ守ってりゃいいじゃん、俺たちゃ好き勝手に生きるからさ、って感じになると思います、実際、聖書の教えを守れば、真理を知り、もちろん人間的にまともにもなりますが、誰もそれをしないのは、結局なんだかんだ言っても単なるきれいごとに過ぎないからだと思っているからです。
要するに、しつけのための、嘘やハッタリ、だと思っているから、誰もまともに聖書の言葉を捉えないのです。悪いことしたら、鬼が来るよ!とか、お化けが出るよ!みたいな、親が小さな子供をしつけるための子供だましだと思っているのですよ。だから、あーハイハイ、って感じで聞いても聞き流す。
聖書の教えは、普通の人間の感覚では、絶対に受け入れられないレベルのことが、かなりあるので、当然、普通の人は、そんなもんマトモに聞いてられっか、となるのです。
決定的なのは、男女の性的な関わりを完全に否定しているところであり、
ペトロもパウロも、既婚者ですら、夫婦の交わりを持つな!と引き離して回ったのですよ。これは、もう我々、現代人から見て、狂気とも思える行動かと思います、そして当時の人々も、一般の人たちは、既婚者なら別にセックスしてもいいだろうが・・と思っていた人らが大半で、彼らの行動は、単に嫌がらせをしているようにしか思えなかったでしょう。なぜ、ペトロやパウロは別れさせ屋のようなことをして、確実に一般人から反感を買うような真似をしたのでしょうか?結婚を控えていた娘が、生涯、結婚せず、処女のまま死ぬことを決めたと母親に打ち明け、母親は発狂しそうになって、だったらお前はもう死ね!と娘に言ったほどですから、家族から祝福されて結婚する手はずだった者ですら、こうなのですよ。さて、それでは神の民である私が解説します。
よくキモイ男が「俺の彼女」「俺の女」とか言いますけど、すべてのものは神のものであり、あんたの物は、何一つありゃしません。
あんたの命も、体も、すべては神のものです。なので、当然、自分の体さえ自分のものでは無いのに、勝手に「俺の彼女」とか「俺の女」とか言ってるわけです。
そして、聖書には、神はみだらな行いを厭われる、と書いてあるわけです、既婚者だから、やってもいい、なんて書いてないんですよ。
だから、セックスすることも、子供を作ることも、神は良しとしてないんですよ、本来はね。ただ生まれてくる子供は、自分の意志によって生まれるわけではないので、この者が清純に生きたなら、神も憐れんでくれるでしょう。
イエスも、みだらな目で女性を見るな、それだけでもう、心の中で姦淫したことになる、と言ってます。で、実際問題、性欲が発生しなければ、女を誘ったり口説いたりはおろか、用もないのに話しかけることすらないわけです。
しかし、現代人は、これを率先してやることが、むしろ推奨されてますね、神を信じることなく、快楽を求めて生きている。
現代人は、信仰のために生きることが絶対にできないように生まれた直後から悪魔によって洗脳されますので、神様から愛されることがないのです。
だから終末の時代(まさに今)これまでの罪の清算として、人間の大量死がやってきます。