始まりの時代は、悪魔のしもべでさえ崇高で気高かった

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今という時代は、世の終わり、終末の時代なので、何もかもが腐りきって狂っているのだが、イエスの存在した時代は、まだ世界が作られて若かった時代のため、悪魔のしもべでさえ、崇高で気高かった。
というのは、この時代は、神の存在が疑われることもなく、人間の心も、今ほどは腐ってなかったので、神を恐れ敬うという姿勢自体は、悪魔のしもべさえ持っていたのである。

ペトロが布教活動中に、「魔術師シモン」という男と対決することになるのだが、この「魔術師シモン」は、自分を神のしもべ、神の大脳である、と人々に言い、実際、かなりの魔術レベルに達していたようで、さまざまな幻術を人々に見せ、ローマ市民から圧倒的支持を受けていた。

ただし、このシモンは、イエスを神の子とは認めておらず、イエスの親父は、ただの大工で、イエス自身も、ただの大工だと、人々に言っていた。
神が、人間の女の腹から生まれてくるものか、そして十字架にかけられて殺されたりするものか、と言っていたわけです。

しかし、このようなことを言っていた割に、ペトロやほかのイエスの弟子たちが、聖霊を人々に授けているのを見て、自分にも聖霊を授ける力を与えてくれ!と金貨を入れた袋をペトロたちに渡そうとするのだ。
当然、ペトロたちは、このような買収に応じることなく、「この金はお前と一緒に滅んでしまえ!」と突っ返すのであるが。

ペトロたちは、シモンを「悪魔を父親として生まれてきた男」と蔑むのですが、この時代においては、悪魔の僕でさえも、決して、我こそは悪魔の僕だ!と開き直って主張したりはしなかったわけです。
ところが今の時代は、もう善悪が反転した時代になってしまったので、不良マンガや、悪者が主人公の映画なんかが、普通に受け入れられているんですよ。
悪者に感情移入してどうすんですか?あなたが悪を受け入れているから、そんなものを喜んで見てるんですよ・・。
プロスポーツ観戦やオリンピックなども、応援して熱狂してますけど、あなたがたは彼らの友達でもなんでもないわけで、会ったことも話したこともない人間を、心の底から応援しているわけですか?オリンピックなら、「同じ日本人」だからというだけの理由で、プロスポーツなら「同じ地元だから」というだけの理由で、その個人が良いやつなのか悪いやつなのか、知らないのに応援している、奇妙なことです。同じ職場、同じ学校、親兄弟でも、ウマが合わなかったり、そりが合わなかったり、いがみあったりするのに、会ったことも話したこともない赤の他人を応援する・・意味が分かりません。
いかに今という時代が終わっている時代なのか、わかるでしょう。




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