初めてのオリジナル楽譜

初めてのオリジナル楽譜

記事
音声・音楽
2026年8月30日、ほぼ独学で始めた記譜を曲完成まで遂げられました。

楽曲は「架空のアニメーション映画のサントラ」をテーマにした次回作の一曲なのでかなり短めですが、自分の楽曲を楽譜に起こしきるという達成感は一曲を完成させた時と似たような高揚感でした。


デジタル依存への不安

ある日私は全ての行程がデジタル上で簡潔してしまう現代の音楽に不安を感じました。

何か災害があって電気を使用できなくなった際に、自分が作った音楽なのにその詳細情報にアクセス出来ない、それってなんかヘンテコだなと感じたんです。2020年くらいの頃です。

30代に入りなんとなく人生の第二フェーズ・折り返しみたいに感じた私は、その辺りから自分が制作する音楽に対して遺言のような役を負わせるようになりました。

でも遺言をデジタルで残しても、電気が無ければそこへ辿り着けない。というかプラットフォームを管理する企業の一存でその保存先データーベースを消滅させられたら存在すら無かったことのようになってしまう。そんなデジタルに何もかもが支配された様な現代にとても恐怖を感じました。

さらにその頃、改めてクラシックの楽曲を聴くようになり、歴史的な巨匠達が残した美しい音楽を譜面で理解して、弾いて再現できるようになれたらそんな余生素敵だなって本気で憧れ始めたのも拍車をかけました。

思い立って楽器屋へ向かいお気に入りのクラシック、ベートーヴェンのピアノソナタ第8番 通称『悲愴』の楽譜と、早引き『音楽記号・用語辞典』を購入しました。

S__28991495_0.jpg

↑生涯で買ってよかったトップレベル事典


ピアノが大嫌いだった

5歳から小学生の間ピアノを習っていたので、読譜は出来ましたが正直嫌いでした。めんどくさいのと何より通っていた教室の先生が厳しいところでピアノのレッスンがとにかく面白くなかった。逃げ出したくて親に相談したら「小学生の間は続けてほしい」と言われ渋々通ってましたね。

でも今になって鍵盤に触れたり、譜面をなぞって曲を聴いたり、記譜を初めてみたりすると、ピアノを弾く時に何度も注意された姿勢や手の形、楽譜の理解の仕方など、おの時教えてもらったことをどんどん思い出してゆくんです。つくづく人の記憶というのは面白いものだなと感じました。

何より驚いたのは、子供の頃は置いておくのも嫌だった楽譜なのに、関心が向いたからでしょうけど今はずっと眺めていたい程に愛おしい。

楽譜を追いながら音楽を聴いていると、耳だけでは捉えられないあまりに見事な音の配置にうっとりすることが何度もあり、好きな楽曲を改めて愛し直す幸福を知ることができたのは幸運でした。今では好きなお酒を片手に楽譜を眺めながら一曲を聴くという時間が至福の時となりました。

しかしそういった感動を経験できるのも、明らかに乗り気じゃない子供の私に教室通いを続けさせた親の努力と、上達しなくても一生懸命に音楽の知識を教えてくれた先生の愛情があって今につながっているんだなと、感謝が止みません。


明確な成長を実感

楽譜についての再学習と記譜をほぼ同時に進めていたので序盤は正直めちゃくちゃです。本業の合間を縫ってやっていたので、こんな短い挿し曲の一枚に三か月くらいかかっています。
S__28991492_0.jpg
↑楽曲の前半部分

やりながら子供の頃に教わった記憶がフラッシュバックすることもあったので、「あぁ、ここは確かこう書くんじゃなかったっけ?」という具合で日々書き方が変わってゆきました。なので曲の前半と後半でその成長ぶりが明確に表れていて面白い。
S__28991493_0.jpg
↑楽曲の後半部分

私なんかよりしっかり譜面音楽に向き合われた方からしたら「いや、最後まで滅茶苦茶だぞその楽譜!」とツッこまれることは分かっています。もちろん「残したい」という想いを起点に書き始めたので、第三者にも理解してもらえる楽譜を書けるようになりたいけど、まずは出発点としては合格なんです。そしてまず今の私は書き終えることが重要だったんです。

最後にこの記譜という新たな習慣が今後の自分にとってどれだけ大切なのか、己の自戒として記しておきたいと思います。

S__28991496_0.jpg



自分が幸せであるかどうか

現代はSNSを通じて自分よりも圧倒的上位にいる方々を簡単に観れてしまう。その環境は多くの挑戦者の芽を潰している構造も生んでしまっています。

「自分なんてあの人達に比べたら・・・」という理性が働いて、「やったって意味ない」と考え自分が本当にやりたいことや本音に蓋をしてしまう。

その構造が「親ガチャ」なんて言葉を生んでいるのだとも思います。「生まれの環境上負け確」という心理ですね。

そういった心理は極端に外向的な視点を活発させ、本当に大切な己に対する内向の視点を失わせます。

私たちの心の豊かさの核は、自分が自分に満足できているかだと思います。他者の評価でもなく、社会の地位でもなく、本人が幸せなら幸せなんですね、まぁ当たり前のことです。

そう言っておきながらつい最近まで私は、音楽で売れたいという夢を追うばかりずっと外向的な視点で己を評価してきてしまった。売れるには外から評価されなくちゃと。

もちろん外からの評価が社会的地位とお金につながるのですが、そもそも全ての基点となる自分がちゃんと楽しんでいて幸せでないと、周りが評価したくなる魅力は放てない。放たれない。

どんなに小さなことでも「やってみたい」をどんどんやってゆくこと。どんな形であれどんどん叶えてゆくこと、その挑戦に遠慮しないこと。それが私のみならず現代、社会にとって重要だと思ってるのでこうして公の場に書き記すことにしました。

今キーボードを打っている本日、すでに2曲目の記譜を初めていますが、本当に楽しいです。

「今回は最初からめっちゃ美しく書いてやるぞ」という熱意が己の内に滾っているのを実感します。

そして日々音楽を別の視点から好きになってゆくし、自分の生んだ楽曲も好きになってゆく。

もうあと数年で40歳だけど、いま、音楽が一番楽しい。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す