先日、ひょんなことから高校時代の後輩の近況を耳にしました。
それをきっかけに、久々に母校での思い出に浸る時間がありまして。
私は女子校出身なのですが、母校は創立100年以上の歴史を誇る伝統校。
その中でも特に独特だったのが、上下関係の呼び方。
「先輩」は「姉(あね)」、「後輩」は「妹(いもうと)」と呼ぶのが正式ルールでした。
新年度が始まると、「姉」は「妹たちの善き手本となるように」と誓い、「妹」は「姉たちのような直(なお)く清き志を持つように」と答える。
これが私たちの学校の恒例行事だったんです。
さて、母校には生徒会執行部を中心に、「体育会」「文化会」「⚪︎⚪︎部」の3つの大きな会が存在していました。
特に「⚪︎⚪︎部」は部員数100人を超える部で、別格扱い。
私はその中で「文化会」に所属していて、何の因果か「文化会長」を務めることになりました笑。
文化会は9つの部活で構成されており、文化会長はそのまとめ役です。
会議に出席したり、予算の調整をしたり、各部の意見を吸い上げて議題として提出したり。
とはいえ、会長の選出条件は厳しく、9部の中の部長、または部長候補に限られます。
先生方が候補者を選び、その中から最終的に決まる仕組みでした。
そんな中、私の所属部の姉、「敦生(あつき)」姉さまが文化会長になり、その次期候補としてなぜか私が選ばれてしまったのです…😂
※○○先輩みたいな感じで、代わりに姉さまと呼ぶ。
あつ姉さまは、私から見て完璧な人でした。
成績は学年5位、部活動でも優秀なリーダーシップを発揮し、誰からも尊敬される存在。
一方の私は…成績は地べたを張っていました笑。
姉妹(同級生)の中でも成績はダントツで低く、先生に怒られることもしばしば。
それなのに、なぜ私が次期会長候補に選ばれたのか、当時の私には全く理解できませんでした。
意を決してあつ姉さまに理由を聞いてみると、返ってきた言葉がこれ。
「あきちゃんは頼まれると断られへんやろ?」
確かに。学級代表も部長も、押し切られて引き受けてきた私。
さらに、姉さまはこう続けました。
「あきちゃんは、一回引き受けたら最後までやりきるやん。自由な性格やけど、そこが何か変化を起こせるんちゃうかなって思ったんよ」
…高校生とは思えないしっかりした人ですよね!🫢
そんな尊敬する姉の下で1年間学び、いよいよ私が文化会長に就任する番。
次期会長候補を選ぶ必要があったのですが、私の自由気ままな性格が祟って?、すぐ下の妹ができず、私を理解している子でないと難しいという結論に至り、同じ所属部で特進クラスの1年生「沙紀ちゃん」を指名しました。
沙紀ちゃんは、私とは正反対の真面目で控えめなタイプ。
でも、芯が強くてしっかり者。
とはいえ、まだ1年生だった彼女にとっては荷が重かったのでは…と申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
私の文化会長時代といえば、会議をすっぽかすわ、予算申請の締め切りを勘違いするわ、高額予算を申請して先生を驚かせるわ…散々でした。
でも、度胸だけは教えられたかな(´∀`*)テヘ
沙紀ちゃんはしっかりとその役割を果たし、私の後任として文化会を立派に支えてくれました。
振り返ってみると、私の文化会長としての功績なんて大したものはないかもしれません。
ただ、あつ姉さまや沙紀ちゃんといった姉妹との関わりを通して得た経験は、今でも私の宝物です🌟
誰が興味あんねん!な私の青春話をここまで読んでくださった方、ありがとうございます😭✨
皆さんにも、そんな心に残る青春時代の思い出、ありますか?