少し前の話だが、ある「電話サービス」の出品者様から、ブロックをされた。
こちらが、事実に基づく誠実な評価を書いたのにも関わらず、表向きは「良い人」を演じ、後にブロック。
私もブロックは即、行っていた。
少し厳しいが事実に元基、レビューを書いた。
その当事者である、私自身が嫌がらせを受ける事を想定してブロックするのは、当然であろう。
しかし、何故。
私がブロックされるのだろうか。
私への返信レビューは、完璧な程、美しい誠意のあるレビューであった。
本当にレビュー返信として送られて来た文章が、誠意あるものと、位置付けるのであれば、ブロックなどしなくても、良い筈である。
また再度購入され、自身の意にそぐわない内容を、書かれたくないのであろうか…?
そんな、心配は一切不要である。
何故ならば、私はその方のサービスは、2度と購入しないからだ。
心から詫びた様な「常套句」に、「ブロック」という矛盾。
そんな人に私は、「成りたくはないと」と、強く感じた。
「心より…」と、誠実さをアピールしていたが、その結果が即ブロックか。
ほーん。
ならば、「ブロックは致しますが、心より……」
若しくは、「心よりブロックし……」の間違いであろう。
日本語は正しく使いましょう。
ビジネスは、誠実であれ。
因果応報。
本当に痛い目を、見るのは自分自身である。
奢るのは、いい加減にして欲しい。
そのブロックこそが、「未熟の証」 と 私は考える。
言動と行動が激しく、矛盾しているからである。
それは、「不誠実の塊」でしか無い。
これが美しい常套句レビューに、隠れた裏側の「真実」である。
つまりは、誠実さをアピールし、好感度を上げる。
歪んだビジネスの典型例であると、私は感じる。
私にも不手際や、失敗は必ずある。
しかし、最大限の謝罪や誠意は持ち合わせて居たいと感じている。
「人様から、対価を頂く。」とは、どうあるべきものか。
その事を、今一度、深く考えたいと感じる出来事であった。
【HANA。/花咲 愛実】