皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
ゴールデンウィーク明け、学校や仕事で疲れを感じている方もいるかもしれません。
しんどい時はどうか無理をせず、休む選択もしてあげてくださいね。
最近、子供時代のことをよく思い出します。
楽しい瞬間があったのも事実ですが、トラウマが蘇ることの方が多いです。
今でも思い出すのが、父が母を殴っていた光景です。
その光景は今でもトラウマで、殴られている姿を見るたびに大声で泣いていました。
ただ、大声で泣くと、両親ともに迷惑がられました。
なぜ、この子はこんなに泣くのか、近所迷惑だと迷惑がられたのを今でも覚えています。
毎晩のように殴り合いの光景が広がりました。
机を投げ飛ばし、家族を殴る父。
自分は悲しくて、怖くて泣き続けていました。
父は自分にだけは暴力を振るいませんでしたが、他の家族は頻繁に暴力を振るわれていました。
その姿を見るたびに、申し訳なく、苦しい気持ちになりました。
毎日のように泣いても、近所の方は声をかけてくれることもなく、この頃から世間の冷たさを感じていたように感じます。
悲しいことですが、誰も助けてくれないのが現実でした。
それよりかは、当時感じていた感覚として、自分の泣き声を毎日楽しみに聞いている人がいる感覚がありました。
「また喧嘩が始まった」とワクワクしながら、喧嘩の声や泣き声を聞いている方がいる感覚でした。
自分の不幸を嘲笑う方が周りに多かったのが事実なのだと思います。
思い返しても、自分の人生に心優しい人と言うのは少なかったです。
みんなどこか他人事な感覚がありました。
自分は、助けてもらえる価値がない人間なのだと子供時代から思っていた気がします。
昔から人の感情に過敏でエンパスの特徴が強かったので、目の前で人が殴られている光景を見ると、我慢をしなければならないと思ってもどうしても泣いてしまいました。
過呼吸になるほど泣いてしまった日も多かったです。
「なぜこんなことで泣くのか」と何度も言われたことは、今でも心苦しく残り続けています。
家でも外でも居場所がなく、どこに行っても自分の感情を否定され続けてきました。
そのためか、今でも自分の感情を人に話すことができません。
本当に自分の感情を話せるのはここのブログだけです。
一歩外に出ると、仮面をかぶっているような感覚があります。
子供時代に感情を否定された子は、大人になってからうつ病になったり、愛着障がいになったり、生きづらさを抱えるのだと思います。
子供時代よりも大人時代の方が長いので、厄介なものだと感じます。
自分の人生にはいくつものトラウマがありすぎて、話しても話しても抜けていかない感覚があります。
どこに行ったら自分の居場所があるのだろうと今でも苦しみ続けています。
現実世界には、どこにも自分の居場所はありません。
ココナラには自分の居場所を作ってくださる皆様がいます。
その事実が日々を生きる源になっています。
自分には大事な家族である猫がいますが、猫に対しても自分が飼い主であることを申し訳ないと思っています。
自分と一緒にいても幸せになれないのではないか、こんな自分と一緒にいてもと言う気持ちがあまりに強いです。
自分に自信を持とうと思っても、過去のトラウマたちが蘇り、自分は価値がない人間なのだと思ってしまうのが正直な気持ちです。
今、存在していることさえ恥ずかしい気持ちで、真っ暗な箱の中にずっと閉じこもっていたい気持ちです。
死んでしまった方が楽かもしれないと思いながらもなんとか日々生きています。
きっと同じような苦しみを抱えて、今この瞬間を生きている方はいるのだと思います。
どの方も自分の人生を生きるために一生懸命なはずです。
そんななかでも、ブログを読みに来てくださったり、心を寄せてくださったり、本当に優しい方ばかりです。
同じ時代を生きる仲間として、今日も明日も一緒に生きていけたら嬉しいです。
同じ時代を生きていると言う事は、奇跡に近いものだと思います。
生きている時代が違えば、ココナラで出会うことがなかったのだと思うと、不思議な気持ちになります。
きっとこれも何かのご縁なのだと思います。
どうか自分自身を大切に扱って、たくさん笑顔にさせてあげてくださいね。
今日も生きていてくださって、ありがとうございます。