円満にならない夫婦のパターン
夫婦間トラブルの相談に乗っておりますと、夫婦関係がうまくゆかないパターンが見えてきます。
夫婦のとちらかに異常性がある場合は、割合としては少ないと見ています。
もちろん、私に相談をしている人は、相手(配偶者)の人格を批判しますし、それでよいのですが、その相手がそうなってしまうのには仕組みがあって、その仕組みの中に相談者が組み込まれているケースがほとんどです。
つまり、相互作用によって相手がそうなっています。
そうなった結果に相談者も関係しているが、自分は悪くなくて相手が悪いと思ってしまっている。
これがよく起きているパターンです。
相手を選ぶときから間違っている
配偶者に対して様々な人格批判をする人は多いです。
お話をうかがうと、「ごもっとも」と思います。
そして、相談が終わってから考えてしまいます。
この人はどうして、その人を選んだのだろう。
自分が選んだ相手を自分で批判するということは、自分自身の愚かさを批判しているのと同じです。
そこに思いが至らないのは、「今が辛い」からです。
だから、まずは心の余裕をつくりましょう。
これについては別の記事のテーマにしますが、一つ、もし男性にお話しするとしたら、
「あなた、欲をかきましたね。」
人に期待すると不幸になる
結婚相手を選ぶとき、欲張ると失敗します。
自分にとって一番大事なものが何か。
それは人によっていろいろかもしれませんが、これに気が付いていないと、あれもこれも欲しくなってしまい、結局、一番大事なものが得られなくなってしまいます。
欲しいものが得られないのは、相手のせいなの?
自分の選び方に問題がなかった?
と過去を悔やんでも仕方がありません。
いま大事なことは、自分が選んだ人について諦めていいのかということ。
人を選び、人生がうまく行かないとその人のせいにする。
こういう人は、どう工夫したところで幸せにはなれません。
私の奥さんの話
私はデキ婚でいまの奥さんと結婚しました。
周囲からも奥さんの親からも結婚を反対され、
「九州一の占い師が、君たちは結婚したら君たちも生まれた子供も不幸になると言った。」
とも言われましたが、それでも結婚しました。
私は、人生がどうなってもいいと思いました。
奥さんと一緒に地獄に堕ちようと思ってました。
奥さんも、私に期待していませんでした。
好きでさえ、なかったそうです。
ただ、私が覚悟をしていることにだけ、期待していたようです。
結婚後、しばらく困ったことが起きました。
奥さんは自分の容姿に自信がなかった
奥さんは自分の容姿にひどく不安を抱えていました。
子どものときに心理ストレスからか、アトピー性皮膚炎で全身の皮膚がただれていて、肌が茶色でザラザラした感じでした。
学校で馬鹿にされたり、いじめにあったりしたと言います。
そのことで自分は女性として価値が低いと思っていたようです。
街でその辺の男の人が唾を吐くのを見て、
「あの人は私を見て気持ち悪いと思ったんだ。」
と言って機嫌が悪くなったり、あとで思い出して泣いたりしていました。
そういう影響でか、私が奥さんのことを大事に思っていることが信じられないらしく、「どうせお前も・・・」みたいな言葉を何度も投げかけられました。
私はそういうところも含めて納得して結婚したので、容姿のことは気しないでほしいと思っていましたが、こういうときは、なかなか信じてもらえせん。
私が奥さんのことをどう思っているのかは、言葉では理解されないのです。
だとしたら、行動と時間でわかってもらうしかありません。
いつかわかってもらえる
奥さんは心が不安定になると、私の言葉をとかく悪い方に解釈します。
ちょっとした言葉にひっかかって、急に不機嫌になることもしばしばです。
私が奥さんを見て笑顔になると、
「なめてんのか。バカにしてんのか?」
と、なるのですが、今では
「こいつなりに喜んでいるんだな。」
と理解してくれています。
私は本当に、奥さんを見ていると、何をしても子猫のようにかわいく見えてしまうのですが、誤解されたときに言葉で弁解しても、あまり意味がありません。
ではどうするか。
単純なことです。
子猫みたいなもの
奥さんの言葉を常に心で受けとめ、ただ自信をもって、「大丈夫だよ。」と優しく和やかに、私の場合は「子供のような態度で」言うのです。
これはあらゆる人間関係で共通することです。相手がどう誤解しようとも自分はブレないことが大事。
私には、奥さんを大事に思ってしまっているので、それを率直に表現すればいいと思っています。
本当に、奥さんのためなら死んでもいいし、人生がどうなってもいいと思っていました。
だから、奥さんがどうあろうと私の気持ちは変わりません。
手間がかかればかかるほど、自分の存在意義が高まっているような気がして、むしろやる気が湧いてきました。
子猫が人に向かって「シャー」ってやっても、かわいいだけですよね。
そういう感じです。
奥さんがどんな言動をしようとも、私は否定したことも叱ったこともありません。
子猫が何をしても、叱りませんでしょ。
そうか、イライラしたんだね、こわかったんだね~
で充分。
そういう存在であり続けること。
そこには重大な価値があります。
奥さん中心主義
奥さんが何かするときは、奥さんの考え方に任せました。
結果としてどうなろうと、自分が責任をとればいいと思ってました。
奥さんは、学歴も知識も教養も平均より下です。これは本人が認めている事実です。その分、そのあたりでの自信を持っていないので、なにかと私に相談をしてきます。
奥さんは、世間並みのプライドがありませんが、そこがむしろ魅力でした。
「わからない。」ということに、少なくとも私の前では、まったく引け目を持っていません。
いざというときには私に相談をする。そして、私がアドバイスし、できるところは奥さんに任せ、一切否定しない。悩ましい問題のときだけ私が判断します。
奥さんは母親になることへの強い恐怖心を持っていました。
自分がまともな母親になれるわけがないと思っていたそうです。
でも、奥さんは自分の直感をたよりにテキトーに子育てしてました。
ある意味では、おおらかな育て方でした。
子どもが自由で元気であれば、あとはどうでもいいという主義なので、勉強も学歴もいっさい気にしないで子育てしました。
私は奥さんと結婚できたことだけで満足しているので、それ以上のことを求めません。
奥さんと子どもの特性に合わせ、心理ストレスを与えない夫、親であることだけを目指しました。
いつの間にか信じてくれていた
結婚して10年くらいしてからでしょうか、奥さんは別人のように自信をもった表情になってきて、笑顔の時間が増えました。
アトピー性皮膚炎もいつの間にか消えていました。
今、心理カウンセラーのなってみて思うのは、女性としての安心感を得られたのかなと。
私が10年にわたってブレずに奥さんの心を守り続けてきたことで、私の気持ちが本物であることが、なんとなく信じられるようになってきたのだと思います。
これはとても大事なポイントなのですが、多くの女性は無意識に安心を求めています。
その安心を、経済面のことだろうと思い込まない方がよいです。
何があっても永遠に夫から守ってもらえるという気分が大事です。
「自分は永遠に守られる存在だ。」
という気持ちになると、自信がわき、心に余裕がうまれ、積極的に自分を生かそうという気持ちになる人が多いと推測しています。
経済的にはきつかったけれど
自分は守られているし絶対に裏切られない。
そう思っているときの女性は、それまでの何倍も能力を発揮します。
私の奥さんは二人の娘のお弁当をほぼ毎日、欠かさずつくり、子どもたちを学校に見送り続けました。
私には到底できないことですが、奥さんにとってはそれが当たり前だそうです。それを20年間続けられたことに私は驚きを感じています。
今では、私の奥さんは模範的なお母さんであり、その実績もあります。周囲のお母さんの悩み相談にものっています。
私は経済面ではぜんぜんさえない男です。
最初は国家公務員でしたが、ある事情で退職し、不安定なフリーランスの道を選びました。そして、奥さんは専業主婦です。経済的には綱渡りの連続で不安は絶えませんでした。
家も車もボロボロで、裕福とはいいがたい地味な毎日を過ごしています。
仕事で目立った活躍もしたことがありません。
そんな私でも、奥さんの心の支えになることならできます。
ただひたすら、それに集中するのなら私にでもできます。
私の結婚は、巨大なマイナスからスタートしたので、常にプラスになるのが当然でした。それは畑の作物を眺めるのにも似て、実に楽しい毎日でした。
だから私は、結婚に対しては「よくばらないこと」をお勧めします。
なんでもそうですが、あれこれと期待をし、すべてを得ようとしたら、必ずいつかがっかります。
時が過ぎるほどにマイナスポイントが増えてゆくからです。
そういう結婚をしたら、一番大事なものが得られず、中途半端な人生になります。
私は、多くの皆さんの結婚への思いが、「不幸になるしかない願望」に思えてしまいます。
男性の皆様へ
男女平等の時代になろうとも、女性は肉体的にも精神的に受け身の傾向の人が確率的に多いです。それは、生物としての自然な成り行きです。
男性を選んだ女性の不安を想像してください。
あなたを選び間違えたら、その女性の人生はどうなるか。
あなたが選ばれ、その女性の期待に応える道を選んだのなら、一生をかけてその女性を守ってください。
その覚悟が強固であれば、おそらく幸せな夫婦になり、穏やかな家庭を築けるでしょう。
そして、お金では得られない価値あるものが得られます。
仕事とか収入とか。そういうことが気になって仕方がないですか。
みんなそうです。
でも、衣食住が足りなくて死んでしまう人はほとんどいない社会になりました。
そんな時代になったのに、マネーポイントを貯めるために人生を費やすのですか?
この記事を読んで、「自分には無理」と思ったのなら、どうして無理なのかを文章にしてみて下さい。
そして、その文章を眺めながら考えてみてください。
思い込みではありませんか?
「お金を得てからね」という人へ
家族の絆さえしっかりしていれば、人生なんてどうにでもなります。
肩書や収入や見栄えで他人と競うのは煩悩の一つ。
あなたもその競争に参加したいですか?ほとんどの人が満足を得られないゲームです。
そんな人生なら、この世に吐いて捨てるほどありますが、無数の勝者のなかの一例になれたら満足ですか。勝てたら何を得ますか?
お金持ちになれた人生を想像してみてください。空しいだけではないですか。
お金を得るために大事なものを失ってしまっている人たちの相談に、私はのっています。
皆さん、どれくらい裕福になったら満足するのかを考えていません。
本当は、今のままでも十分なはずです。
どんなに貧しい人でもその気になれば、100年前のお金持ちより豊かになれますよね。
でも残念なことに、一人の女性が心の底から頼りにするような男性は、この世にほとんどいません。
あなたをこの世で唯一の存在として頼りにしてくれる女性がいる。
あなたのおかげで毎日を笑顔で過ごしている人がいる。
そのことを誇りにする方が、よほど素晴らしい人生だとは思いませんか。
「お金を得てからそうするよ。」
と思ったりしていませんか。そうやって永遠にさまよってしまう人がほとんどです。
本当に価値のある人生を早速に捨ててしまっている人たちを見ていると、「実にもったいないなあ。」とため息がでます。
あなたが願うもの。
それが手に入らないのだとしたら、おそらくはあなたが余計なものを握っているからでしょう。