対話はなんのため?
「対話は何のため?」
と問われたらなんと答えます?
AIに聞きますと、
<相互理解と関係構築>
だそうです。
では、実際のところ、私たちは「相互理解」のために対話をしているでしょうか?
では、あなたは対話を通じて、相手の気持ちや考えをどれくらい正しく理解していましたか。
「おおよそわかるよ。」
という人が多いです。
だからトラブルが起きます。
理解率はせいぜい3割くらい
私は心理カウンセリングをするようなってから気が付きました。
自分は対話において人の心の世界をまったくといいほど理解していなかった。たくさん誤解していたに違いないということ。
ちょこっと話をしただけで、または相手の表情や言動をちらっとみただけで、
「だいたい言いたいことはわかった!」
と思っていたのですが、それはあまりに愚かでした。
カウンセリングをしてみると、自分が「予測していたこと」が真実とは違っていたことに後で気が付くことが多いのです。
「あの言葉はそういう意味で使っていたのか!」
という体験を重ねたことで、対話中の未来予測がいかに危険であるかを痛感するようになりました。
私たちは人のことをカンタンにわかったつもりになれる。
その割には相手のことを理解していないので、不毛なトラブルがあちこちで発生します。
ハラスメントや人間関係トラブルを発生させる心理
ハラスメントトラブルでは、加害者又は被害者が、もしくは双方が、充分な対話をしていないのに相手の真意を悪い方に誤解しているケースが多いです。
「あいつに何度言っても言うことを聞かない。仕事を舐めているんだろう。」
「上司は私のことを批判してばかりで何も理解してくれない。」
みたいなケースが多いのですが、
「あなたは相手にそれを伝えたことがありますか?」
と聞くと、伝えていないか、伝えた後の対話が成立していないかのどちらかです。
そして、互いに相手のせいにします。
「相手のせい」にする前に、対話が成立するための工夫や努力をしましょう。
私がこう言うと、トラブル当事者の多くは何と言うか。
「なんでそんなことをしなければならないんだ。そこまでしてやる必要はない。」
などとおっしゃいます。
いやいや、相手のためじゃなくて、あなたのためですよ。
と伝えようとすると、そのあと音信不通になったりします。
そうやって対話を途絶する人。
その思考のクセがトラブルの本当の原因です。
だから、私は「ハラスメントがあったかどうか」を無視します。
大事なことは、「対話があったかどうか。対話が途絶した原因はどこにあるか」です。
そこを見極めないハラスメント対策は無駄なばかりか有害です。
いちいちクイズを出す文化
「さあて今日もパワハラしてやるぞ~」
と思う人は、まあいません。
その人なりに「よかれ」と思って行う言動が、人によっては不快に感じられます。
その不快感を我慢して、我慢して、我慢して・・・。
と我慢しているうちに限界に達し、ある日、「もう許せん!」となって、陰口を言ったり、不機嫌な態度を取ったりと、ネガティブなサインを出すようになります。
これは日本文化に特有の「察してサイン」です。
「イヤなものはイヤだとストレートに伝えることは悪いことだ」と思ってしまう私たちは、それを別の方法で表現し、それを察してくれることを他人に期待します。
それを察することができない人のことを「空気を読めない人」と決めつけて、小ばかにしたりイジメたりします。
「イヤなことをイヤだ」と正直に伝える人に対しても小ばかにします。
ほのかなサインを出して、それに気が付くかどうかをテストするのが日本のクイズ文化です。
それが上手にできる人が優れた日本人?
日本人は実にクイズが大好きですが、それが人としていかに傲慢であるかに気がつかないまま大人になり、管理職になり、社長にまでなっている人がいます。
こういう特徴が海外の人から見ると「気味が悪い」と思われるのも当然だと思います。
私は現代の日本文化が他国に比べて良い面ばかりではないと思っています。
咳をしたらケンカを売られた
私がある日、コンビニのレジに並んでいたとき、その列に不良っぽい若いお兄さんが割り込んできました。
みんな文句も言わないでいたところ、私はのどに突然の違和感を感じ、不意に「コホコホ」と咳き込んでしまいました。
風邪気味で体調が悪かったのでマスクをしていましたが、どうにかして咳を最小限に留めようと頑張っておりました。
すると、列に割り込んだお兄さんがこちらを向いて、
「文句あんのかこの野郎!」
と私に威嚇して来たのです。
私の「コホコホ(咳)」に反応したようです。
(えー、いま咳が出てそれどころじゃないのに、面倒くさいことになった)
と思いつつも、必死に手振りで「違います」というサインを出しました。
だって、本当に違うんですから。
それでケンカにもならず事なきを得たのですが、これはつまり。
列に割り込んだお兄さんは、
「自分は悪いことをしている」と思っていて、誰かから文句を言われることを恐れていたということです。
そんなときに、私が「コホコホ」と咳をしたことを、
「お前、割り込んでんじゃねえよ。」
という私からのサインだと勘違いしたわけです。
察する文化ならではの現象です。
こうして人間関係トラブルはあちこちで起きています。
悪い人がいることは人間関係のトラブルではない
このエピソードを皆さんはどう思うでしょう。
「割り込んだヤツは許せん!トラブルは対話と関係なく起きているだろ。」
と思いましたか。
でも、列に割り込まれても、それでいいと皆が思うのなら、それでいいのです。
もし、そのお兄さんのことがどうしても気に入らないという人がいたら、
「お兄さんにマナーを守って最後尾に並んでほしいです。」
と穏やかに伝えればよいのです。
そして、そのお兄さんが、
「なんだと~」
とすごんで来たら、
「言いたいことは伝えました。あとはあなた次第ですね。」
と穏やかに伝えればよいのです。
そこでケンカを売る必要はありませんが、もしお兄さんが暴力を振るって来たら、警察に連絡しましょう。
この国では電話すると行政府が武装した行政官を派遣して国民の安全を守るために無料で働いてくれます。
つまり、これは法的対処の問題であって、人間関係のトラブルではありません。
でも、そもそも、そのお兄さんが私に威圧を加えた原因は、私と充分な対話をしていないのに私の意図に対して思い込みをしたからでしょう。
だとしたら、人間関係トラブルとして観察すると、やはり対話の問題であるとも言えます。
決めつける前に対話をしましょう
どうも私たちは、気に入らないことがあると、相手を理解しないままケンカ腰になるクセがあります。
それは「恐怖心」がそうさせます。
相手が自分を攻撃するのではないかと言う恐怖が、先制攻撃によって相手の行動を阻止しようとする行動につながり、対話が成立しなくなります。
そして、「あいつが先に」「いやお前が」などという水掛け論になりますが、
「あなたたち、相手を理解するための対話をしましたか?」
と聞いてみると、やっていない、という話になります。
他人の真意を理解することは難しい。
そう思っておけば、トラブルの多くは回避できます。
だって、例のお兄さんは、実は割り込んでいるつもりではなかったのかもしれません。
私が、「割り込まれた。」と勘違いをしたのかもしれませんし、そもそも、割り込まれたくらいでガタガタいうほどの価値があるでしょうか。
私はとりあえず私の認識を疑い、相手の意見を聞いてから判断することにしています。
でも、そういう考え方を誰も教えてくれません。
学校にしても、親が教師にちょこっと批判的なことを言うと、「モンスターペアレンツだ」とレッテルを張る風潮を感じます。
「モンスター」と決めつけるのも恐怖心。
その前に、相手の真意を理解するための対話をしっかり行っているのだろうか?と思います。
対話をしたつもりになっている
多くの皆さんは、「対話ができている?」と聞くと、「自分はできている。」と答えるのです。
では、あなたは対話のとき、相手が意見を全て言い終えるまで話を聞きましたか。
あなたが話した時間は全体のうちの何割くらい?
では、相手はどうしてそう思ったのですか?
と聞いてみると、
「そんなこと知るか!」
という反応になることがよくあります。
それでも、本人は「ちゃんと対話をしたつもり。」なのです。
自分の対話法についての点数がいかに甘いことか。
人は対話をしても相手の心理を正しく理解することは難しい。
この真実を理解していないと、こうなります。
心理カウンセラーでさえ危ういと感じているのに、その感覚のない人が他人を理解できているはずがない。
まずはそこを理解したうえで対話に向き合っていただけたなら、無用なトラブルを防ぎやすくなると思います。