幸せと不幸の違いとは何でしょう。
単純な話をしますと。
期待が現実を上回っているときに人は幸福感を感じます。
逆に、現実が期待より低いときには不幸だと感じます。
だとすると、幸せになる方法は二種類あることになります。
期待値を下げる。
又は
現実を上げる。
多くの人は現実を上げて期待値に近づけようとします。
なぜなら、社会がそうするように働きかけてくるからです。特にこの日本では。
この国ではすでに衣食住が満ち足りていて、平和で、治安もよいです。
なのに、どうしてさらに高い期待を持たせるように仕向けるのでしょうか。
それは、経済の仕組みによって私たちの心が影響を受けているからです。
皆が今の生活に不満を持つから、もっとお金が欲しいと皆が思います。
これによって人類はお金の価値を保持し、経済を回すことができます。
皆がお金を不必要だと思うようになったら、この経済体制は維持できません。
今の時代の豊かさも便利さも、「いま」に対する不満を持たせることによって、お金に対する強い欲求を生みだし、その思い込みによって成り立っています。
学校教育から始まり、テレビも新聞もスマホの情報もすべて、その前提で情報を発信してくるものだから、その洗脳によってお金に価値を感じてしまう私たちがいます。
不幸のTOP5についてAIに聞いたらこんな回答でした。
☆経済的な状況(生活費・収入の不満)
☆人生に意味を感じない
☆精神的健康やウェルビーイングの低さ
☆社会的支援・人間関係の不足
☆人生選択の自由度・将来の見通しの不安
なんだかよくわからない回答ですが、衣食住とはもはやほとんど関係がありません。それほど豊かになっているということです。
自分は不幸だと感じているとき。
どの部分で、現実があなたの期待を下回ったでしょうか。
だったら、その期待値を下げてみたら、生きていけなくなりますか?
自分はもっと頑張ればもっと得られるのに、あとで後悔したくない。
そうですか。でもそれは、人生におけるその部分のモノサシでの話。
今この時間を過ごしていることの価値は?
どうでもいいんですか?
そう。学校もメディアもネット情報も、そこは沈黙するのです。
「頑張ればもっと儲かっていたのにバカだなあ。」
という人の話を真に受けてしまうんですよね。
頑張るためには今のこの大事な時間を失ってもよいのですか。
生きていられる時間は限られています。だから時間にはお金よりもはるかに高い価値があります。
そう無限の価値です。
お金なんて、たくさんあってもあの世には持っていけません。どうせ意味がなくなるものです。マツキヨのポイントとどこが違うんでしょう。
ポイントを何兆ポイントもため込んだ人がうらやましい?
私が思うに、そういう人生は、ずいぶん失ったものが多いと思いますよ。
私はイヤです。そんなにため込むまで働くなんて。
でもお金持ちをうらやむ気持ちはわかります。やっぱりお金はあった方がいいなあ~
だから自分に言い聞かせます。
自分が幸せを感じるために必要な範囲で、ほどほどに使えればいいじゃないですか。
人は人。自分は今を楽しめていればいいのです。
僕は高級料理は食べれないけれど、読書しながらシャトレーゼのアンパンをモグモグするだけで幸せいっぱいです。
近くに奥さんがいて、コーヒーでも入れてくれたら、それでもう言うことなし。
そのためにいったいお金がいくら必要でしょうか。
お金より大事なことは、奥さんに笑顔で「ありがとう」と伝えることです。言葉にお金はかかりません。
いま生きている。そしてこの世界を味わっている。
それが何より素晴らしいことです。
お金があっても、この世界について何も味わえていない人たちがたくさんいます。
いつも何かに追われ、いつも人生の本番に備えて準備中の人。
ああいう人たちのおかげで、自分はこの便利な社会を利用させていただけるんだな。
申し訳ないけれど、ありがたや~。でも、ほどほどにした方がいいですよ、とカウンセリングでは申します。せっかく生まれてきたのですから。
お金を貯めるために失ったもの。
それを保持するために今も失い続けているもの。
幸せのためにお金がそんなに必要でしょうか。
これは自問自答です。
ちょっと期待値をさげるだけで、人は幸せになれるのです。
現実を無視した理想を抱えないこと。他人と比較しないこと。
これが幸福になりやすいかどうかのポイント。
理想にこだわりそれを他人と比較する。
これは不幸になりやすい考え方です。