今日のサナ活。大きな砲弾が撃ち込まれた模様。
今回の文春砲でいちばん嫌なところは、単に他党や対立候補をディスる動画が出ていた、という話だけではない。
あの“高市支持の熱量”や“自然発生した空気”が、どこまで本当に自然だったのかという疑いが一気に出てきたことだ。
文春の報道では、昨年秋の自民党総裁選の最中に、高市陣営が対立候補を中傷する動画や高市氏を礼賛する動画を作成・拡散していたとされている。
なので今回は、ホロスコープを三つに分けて見た。
ひとつ目は、陣営が事前に用意し、流していたとされる動画や拡散の設計。
これをここでは「仕込み」と呼ぶ。
ふたつ目は、その仕込みが実際にどんな空気や結果を生んだか。
これを「帰結」とする。
そして三つ目が、その一連の流れがどう暴かれたか。
これが「暴露」で、今回なら文春砲そのものだ。
要するに、仕込み=事前に作って流したもの帰結=それが実際にどう効いたか暴露=それが後からバレたことである。
三枚を並べると、かなりきれいに一本の流れが見える。
僕にはこれが、単なるスキャンダルというより、“設計された空気”で支持を演出し、その不自然さがあとから暴露される流れに見えた。
1. 事前に用意された仕掛け――「仕込み」の図
まず、いちばん本音が出ているのは「仕込み」の図だと思う。
この図では、水星がかなり強く、しかも月まで言葉や整理の側に寄っていた。
これは、勢いで雑に煽るというより、何をどう言えば効くのか、どんな見せ方なら刺さるのか、どこを叩けば空気が動くのかをかなり整理して組む出方だ。
つまりこの段階で見えていたのは、自然に支持が集まるのを待つというより、支持が集まっているように見える空気を作るという性質だった。
しかも火星の使い方が、正面突破の喧嘩というより、比較、印象操作、対立構図づくりに向いている。
だからこれは、「政策で正々堂々やります」というより、相手を下げて、こちらの神輿を高く見せる方が効率いいよねと平然と考えるタイプの図だ。
さらに礼賛や偶像化の匂いも強い。
文春は「高市は女神」といった礼賛動画まであったと報じている。
つまり今回の件は、単なるネガキャンというより、敵を作って味方を神話化する、かなり手慣れた情報戦として見るのがいちばんしっくり来る。
言い方を変えると、支持を集めるというより、支持が集まっている“感じ”を設計する。
そういう図だ。
2. その仕掛けが生んだ結果――「帰結」の図
次に、その仕込みがどう結果に結びついたかを見ると、ここもかなり露骨だ。
この図は、とにかくSNS、拡散、群衆心理、“みんなそう言ってる感”が強い。
つまり、地道に支持を積み上げるというより、空気の増幅で勝ち筋を太らせる感じだ。
誰かを持ち上げる。誰かを下げる。善悪や優劣の印象を作る。それをネットワークで増幅する。
すると、「なんとなくこの人が強い」「なんとなく流れはこっち」という空気ができる。
これ、現代SNS政治のいちばん嫌なところなんだけど、図にもかなり出ている。
しかもこの図は、ちゃんと“効く”。JBpressやTBS系の報道でも、高市陣営の選挙動画は政治動画として異例の巨大再生回数を記録し、広告配信の影響が取り沙汰されていた。
つまり今回の問題は、ただ気味が悪いだけではなく、結果にも結びついていたかもしれないところが厄介なのだ。
ただし、こういう図は効く代わりに、あとで不自然さも残る。その時は「うまくいった」で済む。
でも後になって、「で、あれって本当に自然だったの?」が残る。
つまり、勝ち筋になると同時に、暴露された時の火種も一緒に抱えている。帰結の図は、そんな感じだ。
3. それがどう暴かれたか――「暴露」の図
そして、文春砲そのもの。
ここで出ているのは、単なる裏話暴露ではない。
看板の裏側を、正面から照らしに行く力だ。
今回の暴露で嫌なのは、「誰がこんな動画を作ったのか」という一点より、“強い支持”や“自然に盛り上がっていた空気”の作り方そのものが怪しくなることだと思う。
表では、熱量があった。
盛り上がりがあった。SNSで自然に支持が広がっているように見えた。
でも、その裏にかなり泥臭い設計や拡散の仕掛けがあったのではないか。
文春砲が刺さるのは、そこだ。
文春は匿名アカウントから大量の中傷動画が投稿され、その作成・流布に高市陣営が関わっていたと報じている。
しかもこの暴露は、一発で終わるタイプではない。
「はい違法でした、終わり」みたいな話より、“支持の自然さ”そのものに疑いを入れてしまうところが強い。
つまり、今後ずっと残るのは「あの盛り上がりって、どこまで本物だったの?」という嫌な問いの方だ。
三枚並べると何が見えるか
三枚を並べると、流れはかなりきれいだ。
まず、仕込みで空気を設計する。
次に、帰結でその空気が結果を押し上げる。
そして最後に、暴露でその空気の作り方そのものが明るみに出る。
だから今回の本丸は、「他党ディス動画がけしからん」で終わる話ではない。
本当に大きいのは、“強い支持”や“自然発生した熱量”に見えていたものの一部が、実はかなり意図的に作られていたのではないかという疑いが、かなり現実味を持ってしまったことだ。
ホロスコープを三枚並べると、そこがいちばんはっきり見える。
仕込みも、拡散も、帰結も、暴露も、全部が「空気を作る」という一本の線でつながっているからだ。
つまり今回の文春砲は、動画の中身そのもの以上に、“支持の見え方はどこまで自然だったのか”を問い直す爆弾だったのだと思う。
言い方を悪くすると、政策で人を動かしたというより、空気で人を動かしたかったのではないか。
そして今回、その空気の作り方の方に光が当たり始めた。
そこが、この件のいちばん気味の悪いところだ。
熱狂が本物かどうかは分からない。
でも、「本物っぽく見せる技術」がかなり洗練されていた気配はある。