「返事を待つ」ということ

「返事を待つ」ということ

記事
コラム
「今度、お宅に遊びに行きますね。」

2週間ほど前のこと。
ある集まりで、
十五年ぶりくらいに
再会した人がいました。

その時は席が離れていたこともあり、
あまり話はできなかったのですが、
別れ際にご自宅に遊びに行く話をした。

相手も笑顔で、
「ぜひ。」
と言ってくれました。

そこで私は、
帰宅してすぐにメールで
日程候補を送りました。

返ってきたのは、
「調整します。」
という返事。

なかなか返事が来ないまま、
数日が経過。

「忙しいのかな。」

そう思っているうちに、
とうとう候補日が目前に迫ってきました。


返事を待つということは、
相手のペースを受け入れる
ということでもあります。

「この日なら大丈夫です。」
あるいは、
「今月は難しそうです。」
そんな連絡が来るのだろうと、
 なんとなく思っていました。

「こちらから聞いてみようか。」
そんな考えも頭をよぎりました。

でも、私は何もしませんでした。

「調整します。」
そう言ったのは相手です。

キャッチポールをしていて、
「今度は、僕が投げるね」と言われているのに、
こちらからボールを追加で投げたりしない。

つまり今は、
相手の番なのだと決めていたからです。

そして迎えた候補日の前日。

ようやく届いたメールには、
「仕事の都合で、今月の土日は難しい。」
と書かれていました。

その文章を読んだとき、
怒りはありませんでした。

ただ、
「やっぱり、この人はこういう人だったな。」
そう思っただけでした。

昔から、 約束や連絡を守る人ではありませんでした。

だから、驚きや怒りはありません。

むしろ、 15年という時間が過ぎても、
その部分は何も変わっていなかったのだな、
少し懐かしく感じたくらいです。

もちろん、 
ほんの少しだけ残念な気持ちはありました。

もしかしたら、 15年という時間の中で、 
何かが変わっているかもしれない。

そんな期待が、 
心のどこかにあったからです。

その期待が外れたことも含めて、 
「今のこの人」を知ることができた。 

そう思えば、
これもまた一つの答えだったのだと思います。

今回、私自身のことで
良かった点があります。

それは、返事を催促しなかったことです。

もし途中で連絡していたら、
先方が「催促されたから、返事をした。」
それだけのことになっていたかもしれません。

私が何もしなかったからこそ、
相手がどのように動く人なのか。

それが、ありのままに伝わってきたのです。

そして、もう一つ気づいたことがありました。

人間関係で大切なのは、 
相手を変えることではない、ということ。

「もっと早く返事をしてほしかった。」
「代わりの日程を提案してほしい。」

そう思うことはできるし、
伝えることもできました。

でも、それを伝えたからと言って、
返事が返ってくる内容やタイミングは
何も変わらないし、
また同じことを繰り返すだけ。

だから、
「お忙しい中、お返事ありがとうございました。」とだけ、
伝えました。

私にできることは、
「この人とは、このくらいの距離感で付き合おう。」
そう決めることだけです。

近づきすぎると疲れる相手もいれば、
久しぶりに会っても、
 昨日の続きのように話せる相手もいます。

どちらが良い悪いではなく、
ただ、 相手によって心地よい距離が違うだけ。

相手を責める必要もありません。
自分を責める必要もありません。

「この人とは、このくらい。」

その距離が分かったなら、 
それだけで十分な収穫なのだと思います。

会えなかったことは、 
ほんの少しだけ残念でした。

でも、
「今のこの人」と、 
「今の私」がちょうどよく付き合える距離を
知ることができた。

そう思えば、 
この2週間の「待つ時間」にも、 
ちゃんと意味があったような気がしています。

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