「もったいない」が、本当に惜しむものとは?

「もったいない」が、本当に惜しむものとは?

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コラム
「まだ使えるから。」
そう言って、
古い服を捨てられなかったり。

「ここまで頑張ったから。」
そう言って、
辞めたい仕事を続けたり。

「せっかく付き合ってきたから。」
そう言って、
終わっている恋愛を手放せなかったり…。

「もったいない。」

私たちは、
この言葉を、
いろいろな場面で使います。

不思議なのは、
その対象がお金や物だけではないことです。

時間にも、
努力にも、
人間関係にも、
「もったいない」は現れます。


行動経済学には、
「サンクコスト(埋没費用)」
という考え方があります。

すでに使ってしまったお金や時間は、
もう戻ってきません。

だから本来は、
「これから先、自分にとってどうなのか。」
それだけを考えて判断した方が
合理的だと言われています。

有名な例があります。

映画館で、
つまらない映画に当たってしまったとき。

チケット代は、
もう戻りません。

残りの時間を座って過ごしても、
席を立っても、
すでにお金は支払い済みです。

それなら、
つまらないと分かった時点で、
映画館を出た方がいい。

理屈の上では、そうなります。

それでも私たちは、
最後まで座ってしまうことがあります。

「ここまで観たから。」
「今さら出るのはもったいない。」
そう考えてしまうからです。

ちなみに私は以前、
恵比寿の小さな映画館で
この経験をしたことがあります。


この話を聞くと、
「人は合理的ではないんだな。」
という結論になりそうです。

でも、
私は少し違うことを考えてしまいます。

私たちが本当に惜しんでいるのは、
失ったものなのでしょうか。

もしかすると、
「あの時間には意味があった」と思いたい。

その気持ちなのかもしれません。

恋愛が終わる。
仕事を辞める。
長く続けた趣味をやめる。

そういうとき、
「今までが無駄になる。」
という言葉を聞くことがあります。

でも、
終わることと、
無駄になることは、
本当に同じなのでしょうか。

その恋愛があったから、
今の自分がいるのかもしれません。

その仕事があったから、
今の考え方があるのかもしれません。

過ごした時間は、
形を変えながら、
今の自分の中に
残っているのかもしれません。


途中で終わったからといって、
その時間まで消えてしまうわけではありません。

それなのに、
私たちは、
終わることと「無駄」を、
結びつけてしまう。

「もったいない」という言葉には、
物を失うことへの惜しさだけではなく、
過去の意味を失いたくない。

そんな気持ちも、
含まれているような気がします。

過去の意味は、
終わった瞬間に確定するものではありません。

何年も経ってから、
「あの経験があったから、今がある。」
そう思える日が来ることもあります。

逆に、
一度は大切だと思っていたことが、
振り返るたびに、
少しずつ違う色に見えてくることもあります。

過去は、
動かないもののように見えて、
実は今の私たちとの対話の中で、
少しずつ書き換わっているのかもしれません

「もったいない」という言葉を聞くたびに、
人は物を惜しんでいるのではなく、
過去の意味を守ろうとしているのかもしれない。

映画の内容は思い出せないけど、
あの時間は思い出せる。

そんな不思議な感覚を味わいながら、
「もったいない」の意味を、
少し考えてしまうのです。


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