自分の存在を認める

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何回も同じようなことを繰り返してしまう…。なぜだろう。お金の使い方でも失敗をするし、他人との距離感もうまくつかめない。そんなことに悩んでおりました。皆様にも同じような悩みはございますでしょうか??

ふと思ったんです。わたしは個人としてここに存在しているけれど、まだその半分がここに居ないように感じる。その半分はどこにいるのだろうか…。答えはシンプルです。

今でも、物理的には離れているけれど、両親の元にいる。お恥ずかしいお話しになりますが、自分で自分の存在を本当には認められないままだったのだと感じたのです。

もちろん生活はしているし、年相応のことは出来なくはありません。むしろ、外で生活をしてきている分経験ならばあります。苦労もしている。でも、心が荒んでしまうほどに何かが足りないと感じていた。

誰でも良かったのだと思います。わたしを認めて欲しい。ここにいることを知っていて欲しい。その欲求が強ければ強いほど、他者との境界線をうまく引くことが出来なくなります。

依存する関係に陥りやすいのです。そしてある時プツンと切れてしまう。自分がもたないからです。相手ももたない。だから切られる前に自分から遮断してしまうか?あるいは親しくならないように気を付けている。

そんな人間関係って嫌ですよね。もっと心の内を話せるような関係を築きたい。最終的な判断は自分でしなくてはなりませんが、いわゆる腹を割って話すような関係を持ってみたい。

わたしにはいなかったのです。医療関係の方にはお話しも出来ますが、外に出れば一見するとしっかりした人のままです。本当は荒れ狂う感情に飲まれてしまいそうな時もあるのに…。

ひとりでいることが好きです。人と繋がりたいけれど、うまく距離が保てないことを知っているから、あまり関わらないようにしていたのだと思います。

その根っこにあるのが親子関係でした。未だにです。「愛されたかった」願望は、底知れぬものがあったのだと思います。今でもそうなってしまうのは、会話が出来ないからです。

悲しいけれど、違和感しか感じない。生きて来られたのだからと感謝をしていないわけでは無いのです。ただ、矛盾した感情があることは否めません。

これから必要なのは、いつもどこかに行ってしまっている自分というものを、わたしが本当に認めてあげることなのだと感じております。今までたくさんの記事を投稿させていただきましたが、根本にある問題を解決しなくては、本当の意味で気が休まることはありません。

色々な感情が渦巻く毎日ではありますが、お盆を過ぎて、ご先祖様がわたしに残して下さった素晴らしい贈り物だと思っております。もっと自由になりなさいと言ってもらえている。そのように感じております。

この記事が皆様に当てはまるとは限りませんが、どこか響くものがあれば嬉しく思います。

長文お付き合いいただきありがとうございました🍀🍀

いつもありがとうございます。
素敵な日曜日をお過ごしください🌹
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