誰かの楽しさを「ええな」と笑える心のゆとり

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最近、息苦しさを感じていませんか?

最近、電車のなかや公共の場での「マナー」が、少しエスカレートしすぎているように感じます。 
話し声ひとつに対しても、周囲を気にして息を殺し、誰かを監視し合うような、そんなピリピリとした空気。
 本来、思いやりは自発的なものだったはずなのに、今は「こうあるべき!」という正義感で他人に強制するような、少し寂しい世の中になってしまったように思います。

「無音」の中に平和はあるのでしょうか

確かに、あまりにも騒がしすぎるのは困りものかもしれません。
 でも、しーんと静まり返った電車のなかに、本当に平和はあるのでしょうか。 
誰にも干渉されない代わりに、誰の温もりも感じられない。
そんな個人主義のバリアが張り巡らされた世界は、どこか心が貧しくなっている気がしてなりません。


 日常にあふれる命の音を愛でる

私は、電車の中でこんな光景を見かけると、とても幸せな気持ちになります。

部活帰りに「疲れたー!」と言いながら、一粒のチョコを分け合って「これ、おいしい!」と笑い合う高校生たち。
「次はどのランチに行こうか?」と雑誌を広げて、瞳を輝かせているおばさまたち。
初めて見る外の世界に興奮して、少し声が大きくなってしまう外国人の旅行者さん。

それって、その人たちが「今この瞬間」を一生懸命に、そして楽しく生きている証拠だと思うんです。

「笑顔」を許容できる社会へ

誰かが楽しそうにしているのを「うるさい」と切り捨てるのではなく、「楽しそうでいいな」「幸せそうだな」と、ニコニコ見守れる。そんな心の余白を持っていたいと思うのです。

あと、人の笑顔を見て「気持ち悪い」なんて言うような、冷たい正義感はいりません。 「笑う門には福来る」という言葉通り、笑顔こそが日本人らしい温かさであり、本当の意味での平和ではないでしょうか。


皆さんは最近、誰かの笑い声を聞いて、優しい気持ちになれましたか?
 マナーという鎖で心を縛り付けるよりも、お互いに「お互い様やな」と笑い合える、そんな大らかな日本に戻っていけたらいいなと願っています。
昭和が懐かしい。

まずは私自身が、誰かの幸せを「ええな」と喜べる、そんな人でいたいと思います。


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